【レポート】久保昌弘氏講演会「日仏の経済情勢の変化と食の嗜好の変遷」

ミシュランだけでは測れない、“食の豊かさ”

フランスと日本の食の、人の動きによるダイナミックな変化について、ここまで話した久保氏は、「時代は、食のトータルコーディネートに入ったのではないかと思う」と続けます。さらに、「国内外ネットワークの構築は、フードビジネスの世界的な潮流であり、今やフランスと日本が共に牽引役として認知されているのは論を俟ちません」と付け加える氏は、最後に、食を通じて、安定社会への願い、平和への思いから、 
「互いが対立することではなく、両者の良さを認め合い、分かち合うこと、助け合うことで、世界のためになるのです」と未来に希望を託し、講演を締めくくりました。           

その後、軽食を囲んでの親睦会が開かれました。来場者はどんな方たちなのか気になったので、ちょっとお話を聞いてみました。

上曽山さん辻調理師専門学校・業務学務課マネージャーの上曽山さんは、プライベートで今回の講演会を聞きに来たといいます。材料仕入れの部署で働き始めたときの先輩が久保氏で、フランス勤務時代も仕事場を同じくされたとか。
「(久保氏は)幅広い人生経験をお持ちなので、本当に頼りになる先輩。今日はどんな話をするのか興味があって来ました。昔から自分を持っている方なので、話にもブレがなくて凄いと思いましたね」
とのこと。

山田さん一般社団法人国際カカオ豆協会を運営する山田さんは、食と住をテーマに、日本とフランスの人や文化をつなげる活動もしているそうです。彼女は、次のように話してくれました。
「海外では、本当にいいレストランって、辺鄙な場所にあることが多い。ミシュランではそういう場所を紹介しているのに、日本のガイドブックでは目を向けられることが少ないんですよ。私自身、そうした東京一極集中の動きを、地方に持って行けないかとかねてから考えているので、今日の久保先生のお話には、大いに触発されるものがありました」

Tさんフランス滞在が日本よりも長いというTさん(ご本人の希望によりイニシャル表記とさせて頂きます)は、先月帰国したばかり。フランスにいるときから、パリクラブのホームページには、よく訪れていたそうです。
「仕事で通訳をすることも多いので、知識の幅を広げようと思って来たのですが、今日の話はそんな目的を忘れさせるくらい本当に楽しかったです。特に日仏の比較が興味深く、1時間じゃちょっと足りないくらいでした」
と、目を輝かせて答えてくれました。

久保氏にも、今日の講演会の手応えを聞いてみました。

久保昌弘氏

「聞きに来てくれた方何人かと雑談したのですが、食に対する非常に熱い思いを感じました」
そんなふうに語る久保氏。ミシュランの話が面白かったことを伝えると、次のように答えてくれました。
「ミシュランは大いに参考にすべきですが、それが全てではない、というのが私の考えなんです。フランスに18年住んだ私には、完璧な価値観はない、という思いが強い。本来ヒューマニズムは、“未完成の人間の行為の美しさ”に立脚していると思う。料理もそれと同じ。全員が(高級車の)フェラーリを目指すのではなく、年に数回、美味しい料理を、月に数回、素敵なお菓子やカフェを、家族や友達と楽しむ、という食のありかたこそ、理想であり、私たち自身がそう感じることで、民主主義はより一層豊かなものになるのではないでしょうか」
料理の変遷史が、人生哲学へと広がった今回の話。衣食住の中で食は「人を呼んでごちそうでもしないかぎり、世間様に、こんなぜいたくをしていますよと見せることができない。まことにひそやかな楽しみ」とその昔語ったのは、辻調理師専門学校の創設者・辻静雄氏ですが、久保氏にも同じ血が流れているのを強く感じました。食の探求は、人生の探求なのです。