21世紀の欧州の新産業地図と経営戦略(13)グローバル経営の複合的展開プロセス

  • 2013年2月25日
  • パリクラブ通信 瀬藤澄彦

概要

グローバル価値連鎖(GVC)の展開の中で、多国籍企業はコンピタンスを自社内に集中させるようになった。価値連鎖のつながりは、社会的、空間的な特異性に遭遇するたびに編成され、ハイブリッド化されていく。また、世界規模における経済的、社会的、経営組織的なプロセスの調整は、GVC のアプローチを介してグローバル、リージョナル、ローカルの三つのレベルにおいて企業と経済空間の関係に影響を与える。

ポーター・モデルを超えるグローバル価値連鎖(GVC)ガバナンス

現代の国際経済において、世界の多国籍企業はマイケル・ポーター氏(米国の経営学者)の戦略モデルに大きな影響を受けてきたことは否定できないが、それを超える国際経営戦略の在り方が欧州でもフランスなどを中心に模索されるようになってきた。ポーター・モデルは企業立地、企業活動のトランスナショナルな調整、あるいは国の競争優位や産業クラスターの重要性などよって経営戦略論を展開しているが、その分析はかなり規範的であり、現実の経済の実態から乖離(かいり)しているという批判もある。このような点で GVC モデルは、企業内部と企業間のネットワークが錯綜(さくそう)する多国籍企業の経営に対して、今や事業活動の序列化、意思決定、力関係、立地条件などが大きく変貌した国際経営ビジネスの中で、新たなトランスナショナルな価値連鎖の分析ツールを提供しようとするものである。

GCV は四つの次元で特徴付けられる。インプット・アウトプット構造、地理的配置、企業内・企業間ガバナンス、社会制度的文脈の 4 点である1。GVC はまず、二つの視座を提供してくれる。一つは国境を越えた横断的な価値連鎖の連結とも言うべきグローバリゼーションのプロセスに関わるガバナンスである。もう一つは、このようなプロセスがもたらす企業の立地空間の決定に対する影響である。

ここ数十年間、世界の多国籍企業は、基本的に現代の国民経済の枠組みにおいて徐々に制度化されてきた垂直的統合型の論理に沿ってグローバル戦略を構築してきた。そのパラダイムの中で、それぞれの価値連鎖業務の役割について自問することを通じて、マイケル・ポーター氏の考え方やモデルに立脚することが多かった。価値連鎖業務を部分的にアウトソーシングすること、あるいは近隣諸国に拡大したり経済空間を広げることによって、GVC アプローチ研究で著名な米国のGary Gereffi 氏がメーカー主導型価値連鎖(producer-driven chain)として概念化した価値連鎖ガバナンス論が急速に台頭してきた。

自動車産業や医薬品産業などにおけるリーダー企業は、新たな世界の産業地図の中の経済空間において、価値連鎖の上流で部品・素材、あるいは下流で製品の流通をコントロールする巨大な世界的ネットワークを形成するようになった。これと同時並行的に、これまでの供給サイド中心から需要サイドに重点を置いた戦略的マーケティングの考え方が、これまでとは逆に大規模小売店舗や小売専門流通チェーンの側から急速に台頭し始めた。これらの業界では、価値連鎖の上流部門を生産者に代わって買い手の側がコントロールし始めたのである。アパレル、靴、玩具、家具、青果物、切り花など労働集約的な消費財業種では、buyer-driven chain と呼ばれる巨大な買い手である小売流通業が推進する GVC が登場している。このような新しい価値連鎖は、米国を中心とするアングロサクソン的経営を支配してきた、いわゆるフォード・モデル2と決定的な違いがあるとフランスの Florence Pal-pacuer 氏や Nicolas Balas 氏らは指摘する。

Gary Gereffi 氏は、先進諸国の大企業が展開するこのようなポスト・フォーディズム流のグローバル戦略を、新たな経営戦略論として次のように理論付けている。巨大メーカーや小売流通企業は、多数の中小企業を系列下に置いて世界的にコントロールすることにより形成されるようになった、これらのバイヤー主導型やメーカー主導型の価値連鎖は、産業上の業種や上流・下流部門、新旧の市場参入者などの区別を曖昧にさせ、企業はその戦略の再構築に迫られている。とりわけ、下流部門の価値連鎖に携わる企業がブランド戦略や製品開発まで手掛けるようになると同時に、途上国の新規参入企業も組み立て生産に携わるようになることによって、それまでの欧米企業の伝統的な垂直的統合型のパターンや産業組織の在り方を陳腐なものにしてしまったのである。

<GVC の帰結としての中間企業の台頭>

GVC の分析は、原材料加工から製品流通までのフローを把握し、企業間の分業や調整、あるいは価値連鎖活動の地理的な配置などにおける経営組織編成の中でインプット・アウトプットの連続的な動きを組み立てていくことにある。このアプローチによって、製品開発の共通するベースに基づく製品と市場に沿った価値連鎖の特徴が浮かび上がってくる。メーカーあるいはバイヤー主導型の価値連鎖の帰結するところは、世界的なリーダー企業が主導する GVC ネットワークの中で、国境を越えた生産部門の価値連鎖を肩代わりする巨大な中間企業の台頭である。アパレルの Li&Fung Limited(利豊有限公司)、自動車部品の Valeo、電子機器の
Flextronics、アグリビジネスの Cargill などの企業がこれに該当する。総じてアングロサクソン系のリーダー的な多国籍企業は、欧州企業と比較してより強力で組織力のある中間企業を利用することが多い。

<買い手主導型と売り手主導型の GVC>

GVC のこのような展開の中で、多国籍企業は生産・組み立て業務をアウトソーシングすることによって、ブランド戦略、製品開発あるいは財務管理など企業のコンピタンスを自社内に集中させるようになった。もう一つの重要な特徴は、先進諸国において生産・組み立て業務が減少し続けているのに対して、途上国ではそれらの業務が加速的に増えていることである。この傾向は、ほとんどの GVC に共通している。今やフランスでは、アパレルや切り花などの輸入の 80%はこうした GVC に沿ったものとなっている3

そのような世界経済の企業内分業とは別に、産業特性や生産システムの性格がGVC の組織的な編成や地理的な配置に影響を与える。リーダー企業が資本・技術集約型の場合には製造・加工業に属することが多く、医薬品、自動車、航空機などに関連する企業は、労働集約的な加工業に多く見られる買い手主導型のGVC(buyer-driven chains)に比べて、一般的に地理的な分散度が相対的に少なく組織的にも柔軟性に乏しい売り手主導型のGVC(producer-driven chain)を選択する。

この他、製品の重量性、商品の腐敗性、天候依存性なども生産立地の選択に大きな影響を与える。中国は家電製品のような腐敗性のない軽量品の一大生産拠点となっているが、切り花の世界的な輸出拠点はコロンビア、エクアドル、ケニアなどの熱帯地域の国々である。また、ミネラルウオーターなどのボトリングはコカ・コーラのようなリーダー企業の系列企業が最終消費地のマーケットに至近な場所に立地するのが通例である。

最近、このようなグローバル戦略は、従来は海外立地が選択肢にはなかった第3次産業のサービス分野にも急速に広がってきた。リーダー企業は、フランチャイズ契約によって自社ブランドや製品のコンセプトづくりなどの価値連鎖業務をトランスナショナルな生産ネットワークに広げていくようになった。フランチャイズはホテルチェーン、レストラン、理髪・美容院などの業種において急速に伸びている。

さらに、同じような業種であっても各国の社会的、制度的な違いが価値連鎖の在り方を異なるものにしている。また、リーダー企業とサプライヤーの関係、中間企業の果たす役割、資材部品調達のロケーションなどは国際関係、消費トレンド、規則、文化的慣習などによって異なってくるとされている。最近では、アングロサクソン流の金融市場の影響が欧州のリーダー企業の価値連鎖や経営戦略の金融化にも拍車を掛けるようになった。このようにさまざまな角度からGVC を観察・分析することによって、多岐にわたる領域を横断的に展望することが可能なモデルの登場が期待されている。

社会空間的条件でハイブリッド化される価値連鎖

米国コロラド大学の准教授であるJennifer Bair 氏は、価値連鎖を三つの大きな歴史的な流れとして捉えている。第一は、ポスト・フォード主義における世界システム理論に基づくもので、政府・企業・家計を巻き込んだ流れを大量生産型の世界的な価値連鎖と見なすものである。第二は、1990 年代にGary Gereffi 氏が唱えた「グローバル商品連鎖」論である。企業をグローバル化の主役と見なし、単なる組み立て業務のみならずターンキー方式による生産を通じた産業開発プロセスである。第三は、2000 年代に登場したGVC である。これは、オリバー・ウィリアムソン氏の研究成果からヒントを得て企業間の関係に注目したGary Gereffi 氏らが定義した価値連鎖のガバナンスモデルである。

GVC の考え方は、例えば大前研一氏が「国境なき世界」4という概念の中で提示したような国民経済の「消滅」したグローバル経済の登場という概念に近似してくると、フランスのPal-pacuer 氏は言う。それは技術面では情報通信技術によって「距離の消滅」とマニュエル・カステル氏らが形容したり、あるいは「労働の非空間化」と呼ばれる経営組織上の構造的な変化として姿を現しているのである。そこでは、経済論理や経営組織論があたかも国民経済空間からすでに逸脱し、グローバルな空間として今や自律的な運動体として収束しつつあるというのである。

このような考え方は英国のアンソニー・ギデンズ氏5から指摘されている。グローバル化を経営管理方式の世界的な収束や普遍化の現象として捉えることによって、世界的なネットワーク型企業の覇権主義的な経営が顕在化すると解釈するものである。しかし、フランスのPal-pacuer 氏や米国のNeil Fligstein 氏らによると、これはGVC の論理とは矛盾するところがある。価値連鎖の構成は、クロスボーダーなプレーヤーやグローバルな制度の存在を統治の概念に矮小(わいしょう)化してはならないのである。

実際には価値連鎖の連結に絡んで国ごとの特徴が比較対象になるように、文化、政治、あるいはイデオロギー的な要素をはらんだローカルな条件に従属するものである。そしてこれらの価値連鎖のつながりは、まさに社会的、空間的な特異性に遭遇するたびに編成され、ハイブリッド化されていくのである。世界規模における経済的、社会的、経営組織的なプロセスの調整は、GVC のアプローチを介して必然的にグローバル、リージョナル、ローカルの三つのレベルにおいて企業と経済空間の関係に影響を与える。

動態的で多次元的なGVC の視点に立てば、グローバル化の現象は企業や労働者やそれぞれの地域空間を従属や抵抗を招く対象としての存在ではなく、むしろそこに利害関係者として参画する、終わることのない政治的・社会的プロセスであると把握されなければならない。特にフランスでは、こうした問題意識で企業の位置付けをする経営学者が増える傾向にある6

※文中注釈

  1. Comment penser l’entreprise dans la mondialisation ?(Florence Pal-pacuer、Nicolas Balas Université Montpellier 1)
  2. フォーディズム(Fordism)の定義:大辞林によれば「(1) H=フォードが、大衆車の大量生産・販売を行うにあたって確立した経営理念。企業活動を社会への奉仕ととらえ、消費者に対しては良質の製品を低価格で提供し、労働者には可能な限り高賃金を支払い、利潤は企業に内部留保し、外部資本家による経営の支配を避けるべきとした。(2)大量生産、大量消費による高成長の経済体制」である。
  3. Gary Gereffi 氏
  4. The Borderless World(Kenichi Ohmae:Harper Business)
  5. http://ksnkshakai.exblog.jp/2030167/によれば、英国の社会学者アンソニー・ギデンズ氏(1938~)は近代社会理論を再考することで構築した独自の理論<構造化理論(theory ofsturucturation)>を展開した。彼はデュルケム、ウェーバー、マルクスなどの古典的な社会理論を批判的に検討し、資本主義、階級構造について独自の見解を示し、さらに、近代化(モダニティ)をいかに捉えるのかという問題に取り組んだ。このような問題意識のもとから<構造化理論>は構築された。彼は<構造>を、社会システムを再生産するための個人が依拠する規則・資源(rule and resources)であると定義する。そしてまた、行為や相互行為の条件であり、またその帰結であると考えた。そして、社会過程は構造を条件として成立するが、同時に構造は社会過程によって再生産されるという。彼はこの事態を「構造の二重性」と呼び、この一連の構造生成過程が<構造化>
    と呼ばれるものである。
  6. Isabelle Huault 氏、David Courpasson 氏、Pierre-Yves Gomez 氏、Harry Korine 氏など

※なお、本稿で述べた意見は全て筆者の私見である。

(執筆者プロフィール)

瀬藤澄彦
パリクラブ(日仏経済交流会)会員
諏訪東京理科大学、リヨン・シアンスポ政治大学院(SciencePo Lyon)講師。
早稲田大学法学部卒業後、ジェトロ入会。アルジェ―、モントリオール、パリ、リヨンのジェトロ事務所長、次長。パリ ベルシー仏経済財政省・対外経済関係局・日本顧問。2001年度フランス国家殊勲(オルドル・ナシオナル・ド・メリット)シュバリエ賞受賞。著書多数。

※この記事は、三菱東京UFJ 銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信している会員制ウェブサイト「MUFG BizBuddy」に 2013 年3 月5 日付で掲載されたものです。

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