モンレアル便り

第9号

カナダの経済

広大な面積と豊かな自然を有するカナダ。国土面積はロシアに次ぐ世界第2位で、日本の27倍です。GDP(名目)は約2兆米ドルで、世界トップ10に入り、1人当たりでは世界第13位で日本よりも上位にいます。残念ながら、日本の学校で、カナダについて学ぶ機会はほとんどないと言っても良いでしょう。個人的には、地理の授業でカナダの主要産品について、農業と鉱物資源が挙げられていたのを記憶しています。記憶のおさらいとアップデートを兼ねて、カナダとケベックの経済について見ていきたいと思います。データと解説だけで、「カナダ/ケベック白書」のようにならないようにしたいと思います。具体的な投資案件については、既に正式に公表された情報のみをベースにまとめています。
カナダの主要貿易品目は、輸出では、エネルギー製品、自動車及びその部品、一般機械、金属及び非金属鉱物、電気機器となっています。輸入は、一般機械、自動車及びその部品、電気製品、エネルギー製品、貴石・貴金属、プラスチック製品等です。主な貿易相手国は、輸出先としては、米国、中国、英国、日本、ドイツ、輸入元は、米国、中国、メキシコ、ドイツ、日本です。この中で、米国相手の貿易が圧倒的に多く、2位の中国以下が残りを分け合うイメージです。日本はいずれも上位につけています。
他の先進国と同様、カナダ経済の多くを支えているのがサービス業で、GDPの約4分の3を占めます。そのうち、商業、飲食、宿泊が約12%、運輸、通信が8%で、これらで大体20%を占めます。小売り、スーパー、レストラン、ホテルなどはチェーン店の展開が目立っています。残りのサービス業、つまりGDP全体の約半分は、「その他のサービス業」となっています。サービス業も細分化されすぎて、カテゴリーに分類するのが容易ではないのかもしれません。私は、ケベック州と日本のビジネス関係強化のためのビジネスフォーラムの執行理事を務めているのですが、こちらで出会うケベック出身のビジネス・パーソンの職業については実に様々です。昭和に生まれた者として、「職業」というと、ついつい何々屋さん、といった整理をしがちですが、そういう枠にはもはや当てはまらない業態が多いのが21世紀です。
資源大国らしく、鉱物、エネルギー部門が7%強を占めます。農水産業は2%弱。サトウカエデの樹液を煮詰めて作られるメープルシロップは、カナダ特産品として有名で、お土産にも良く求められます。世界のメープルシロップ生産量の75%近くをカナダ産が占めていて、その90%がケベック州で作られます。つまり、ケベック州は、世界中のメープルシロップの71%を生産しているのです。また、カナダは世界第3位の豚肉輸出国で、日本はトップクラスの取引先です。日本で有名なトンカツ・チェーン店でもカナダ産の豚肉が使用されています。
その他の約20%は、製造、建設で、分け合っている感じです。全国的に慢性的な住宅供給不足が続いているので、不動産業はますます頑張る必要があると思われますが、なかなか難しいようです。カナダ政府は、コロナが一段落ついた現在、観光に力を入れています。観光業は、その国の経済を超えた総合力が試されます。つまり、交通、ホテル、レストランといった経済インフラも重要ですが、政治的な安定性や治安、医療体制といった側面の評価が問われる分野でもあります。また、おもてなし精神

に溢れる国民性も求められます。上述したように、飲食、宿泊、運輸などの分野が全体の20%を占めていますが、これはほぼ観光産業と同義だと言えるでしょう。カナダも日本と同様に高齢化社会への対応が求められています。特に医療分野は、国立病院を含め、公的機関の活動領域が広い分野ですが、国家予算は不足気味で、看護師を中心に人手不足も深刻な問題です。
その他、私が個人的にカナダらしいと思う経済の特徴は、自動車、特に環境に配慮した電気自動車とそれに必要なバッテリー産業や、航空機の製造・開発、情報通信(IT)や生命科学(ライフサイエンス)の分野で世界をリードしていることです。

ところで、モントリオールで日頃お世話になっているスーパーの精肉コーナーに行くと、「ナガノポーク(Porc Nagano)」と書いてある豚肉が目に入ります。レストランでも、例えば豚肉のチョップステーキを提供する際に、メニューに「ナガノポーク使用」と自慢げに書かれていることがあります。ナガノポークは、モントリオール島からセントローレンス河を渡った南岸にあるモンテレジー(Montérégie)という地方で生産される特別な豚肉です。この地域は、米国のニューヨーク州と国境を接し、ワイン畑を含めて農業が盛んなところです。名前から日本産かと思う方もいるかもしれませんが、和豚ではなく、100%ケベック産の豚肉です。最高級の豚肉を作り出すという使命に燃えたケベックの農家が親子2代にわたって開発を重ねた結果、日本の養豚技術や品質管理の手法にヒントを得て、1997年に、洗練された味わいと柔らかなプレミアム・ポークを生み出したのです。霜降りが多く、脂肪が真っ白で、肉はバラ色。様々な調理方法にも対応し、メニューの幅も広がります。この魔法の豚肉を開発したロビタイユ・グループ(Groupe Robitaille)は、技術や品質にヒントを得た日本に因んだ名前で、しかもケベックの人々に馴染んでもらえるブランド名を探していました。ちょうど翌98年に、冬季オリンピックが長野で開催されるタイミングだったことから、ウィンタースポーツが人気のケベック州でも「Nagano」という地名が知られていたことから、「Porc Nagano」と名付けられたのだそうです。

豊富な天然資源を有するエネルギー大国

カナダには豊富な水資源があります。カナダの歴史は、それを象徴するかのように、ケベック州の東端にフランス人が上陸し、セントローレンス河を遡り、その流域に入植を進めたところから始まります。このセントローレンス河の全長、つまり水源のオンタリオ湖からセントローレンス湾に注ぐまでの河の距離は1197kmです。水源である五大湖を含めると、南米のアマゾン川に次ぐ世界第2位の水量を誇ります。カナダ最長河川は、北極海に注ぐマッケンジー河で、全長4241km、流域面積は180万平方km超に及びます。他にも、全長2000~3000kmの大河が複数あります。国内にある湖の数は300万を超え、世界最多です。その結果、水力発電が非常に盛んです。世界の水力発電量を国別に見ると、ダントツ1位は中国ですが、カナダはブラジルに次いで第3位です。この順位はここ最近変わりません。これに米国、ロシア、インドと続きます。いずれも国土が広大で大河を有する国ばかりですね。2024年に発表された統計によると、日本も第9位と健闘しています。カナダの発電量は392.51テラワット時で、日本(77.88テラワット時)の約5倍の規模です。カナダ国内の全発電量に占める水力発電の割合は約60%と、かなりの電力を水力発電でまかなっていることが分かります。水力発電は、二酸化炭素を排出しない、クリーンな電力ですから、気候変動対策にも貢献しています。

水力発電以外のエネルギーや鉱物資源については、原油の生産量が世界第4位、天然ガスが第6位、ウランが第2位、銅が第12位、亜鉛が第9位。日本は、カナダから銅(輸入シェアの7%)や石炭(同7%)を輸入しています。石油ショック後の1980年に、10年後の石油自給を目指す国家エネルギー計画が策定されました。1982年にカナダ憲法が採択されて、カナダが完全な独立を確保します。つまり、ほぼ同じタイミングで、経済面、特に資源エネルギーの分野において自立を果たす枠組みが設定されたのでした。石油価格競争では、競争力を維持するため、国際価格よりも低めに設定されたカナダ独自の価格が導入されました。また、石油から天然ガスへの移行を促進するために、天然ガス価格の引き上げを、石油価格のそれよりも緩やかにする工夫もなされました。石油や天然ガスは、カナダ西岸のブリティッシュ・コロンビア州や中央のアルバータ州で現在も生産されています。現在では、気候変動への対応が求められ、環境に配慮したクリーンなエネルギー転換が進められています。

ロッキー山脈に挑むカナダ史上最大のガス事業

現在、カナダ史上最大の民間投資案件が進められています。「LNGカナダ(LNG Canada)」と呼ばれる液化天然ガス(LNG)計画です。二酸化炭素排出量を低く抑え、信頼のおける液化天然ガスを輸出することで、カナダの経済成長を実現しつつ、世界にクリーンなエネルギーを提供することを目的とするものです。世界に名だたる複数の石油・ガス関連大手企業に加え、日本の商社も参画しています。
この事業が行われるカナダ西岸のブリティッシュ・コロンビア(BC)州の地下には、国内第2位の埋蔵量の天然ガスがあります。大陸の西岸に位置しているため、アジアへの輸送に好都合で、年間をとおして不凍結の積み出し港があります。また、港からアジアまでの海上輸送ルートが、スエズ運河、パナマ運河、ハリケーン、海賊といった、いわゆる「チョークポイント」と呼ばれる難所を避けていることも利点の1つです。

現在、2025年頃までに最初の貨物を出荷することを目標に、関連施設の工事が進められています。40年間の輸出ライセンスを取得し、第一フェーズには、年間最大1400万トンのLNGの輸出が可能となります。LNGカナダのホームページには、「カナダのLNGビジネスチャンスを開く(Unblocking Canada’s LNG Opportunity)」というスローガンが掲げてあります。
このチャンスを実現するためにクリアする課題がいくつかあります。1つは、内陸の採掘所から沿岸のキティマト(Kitimat)港までのインフラ(パイプライン)の建設を阻むロッキー山脈の存在です。北米大陸西部に南北に延びる巨大な山脈の下にパイプラインを通すためには、何千キロメートルにも及ぶ工事が必要です。また、その一帯には、世界遺産に指定されている国立公園を含め、広大な範囲の自然があり、環境保全への配慮が求められます。更に、先住民との関係です。対象地域には、何千年も前から複数の先住民が共存しています。彼らの理解と協力なしには、このプロジェクトは進められません。最後に、労働力の確保です。人手不足が問題となっているカナダで、巨大プロジェクトを実現するためには、何千もの人手が必要です。見方を変えれば、それだけの雇用を生む魅力的な事業であるとも言えます。BC州の電力の約90%は水力発電です。従って、施設の稼働などに必要な電源として、クリーン・エネルギーが確保されていると言えるでしょう。

カナダはキャッシュレスがクール

ところで、私はモントリオールに住むようになってから、現金を使用したことがほとんどありません。カナダは完全にカード社会、キャッシュレスが浸透しています。カナダ人は、平均して1人あたり2枚以上のクレジットカードを保有していると言われています。都市でも郊外でも、一部を除き、レストランやお店では、クレジットカードまたはデビットカードで支払いが可能です。教会の寄付や募金ですら、例えば募金箱のとなりにカードをスキャンする器具が設置してあり、「カード寄付」が可能です。車道脇の駐車スペースに路駐する際、日本と同様にパーキングメーターが設置されています。そこでは、カード又は現金での支払いが可能ですが、あらかじめスマートフォンのアプリに登録していれば、手元で支払いが済みます。友人と食事に行って、相手に立て替えて支払ってもらった場合、事後に自分の分を精算する必要があります。そのような場合、現金ではなく、スマートフォンのアプリで送金(e-transfer)して完了です。テレビのコマーシャルで、レストランの会計で2人の客のうち1人が「私が今日はおごるから」といってカードで会計を済ませたため、もう1人が「いえいえ、今日は私がおごるつもりだった」と言って、スマートフォンで相手に返金します(「ピン」と送金完了の電子音が鳴る)。すると、「今日は私がおごりたかったのよ」と言って、スマートフォンで送金します。このやりとり(アプリによる食事代のキャッチボール)が永遠に繰り返されていく、という展開になったところで、「このアプリを使うと、簡単に送金手続きができで便利です」というナレーションが入ります。 日本もかなり電子決済やカード決済が進みましたが、カナダと比べると、まだまだ現金社会だな、と思います。日本はカナダ人に大人気の渡航先です。彼らの日本旅行の動画レポートを見ていると、日本ではカード払いができない店が多いという指摘に出くわすことがあります。これをマイナスに捉えないのがカナダ人の良いところです。「日本はキャッシュ払いがクール」と表現されていました。そう言ってくれたカナダ人のあなたもとってもクールです。

(つづく)

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