大革命以降のワイン市場とワイン法
今回はパリクラブでのセミナーということで、蛯原教授はフランスに関連した話題を紹介してくださいました。蛯原教授が挙げた3つのキーワードからみていくと、まずは1789年のフランス革命によりもたらされた「自由」を意味する「リベルテ」。「営業の自由」が確立され、誰でも自由にワインが造れる時代になりました。これより以前、1776年にはワインの流通を自由化する王令も制定されています。通行税などの封建的な税制や流通規制の廃止という成果を生み出した一方、中間団体(同業組合や修道院)の解体によって、ワインの品質には致命的な影響を与えることになりました。革命以前、同業組合や修道院は、ワインの品質管理において大いに寄与していたからです。自由放任主義の帰結は、現在の3倍にも達する栽培面積を残しました。
次に「平等」を意味する「エガリテ」。1789年宣言により人間は平等であるとされましたが、ワインの場合は平等が理想ではありません。品質の優劣を明確にする差別化が必要であり、1855年に格付けによるブランディングが行われました。この格付けは、現在においても強い影響力を有しています。
3つめは「友愛」を意味する「フラテルニテ」。1907年に栽培農家が結束し、不正ワイン(搾りかすを使った粗悪品など)禁止の立法化を促す戦いを始めました。当時、不正ワインの氾濫により、正規業者は価格下落に苦しんでいたのです。協同組合などの生産者団体は、産地偽装や品質のチェックなど大きな役割を果たしました。
新世界と旧世界のワイン
近年は伝統的なEU諸国以外の新世界ワイン(南半球など)の台頭が目立っており、EU産ワインのシェアは低下しています。しかし、国ごとに基準や法が異なっていては、ワイン輸出・輸入の障壁となるため、ワイン法のハーモナイゼーション(調和)が必要となります。実際、新世界ワインが躍進しても、いまだEUのワイン法が実質的なグローバルスタンダードになっています。それは、大消費地であるEUに向けて輸出する以上、EUの基準を受け入れざるを得ないという事情があるからです。蛯原教授はイギリスのEU離脱による構造の変化の可能性を指摘されていますが、EUのワイン法が世界基準である状況に変わりはありません。とはいえ、最近はフランスやイタリアでも、ルールが緩やかなIGPクラスで高品質のワインが造られています。厳格なルールを定めれば必ずしも品質が向上するとは限らない点も、ワインの奥深い魅力といえるでしょう。
ようやく明治以降にワインづくりの歴史が始まったばかりの日本は「新世界」に属するのでしょうが、今は試行錯誤の段階で、どの品種が合うかは実験中。ただ、北は北海道から南は沖縄まで各地でブドウが栽培されており、蛯原教授によれば「潜在的にテロワールの多様性があるかも」とのこと。従来、年間6000㍑の生産予定がなければワイナリー免許は交付されなかったのですが、「委託醸造」や「ワイン特区」(その土地のブドウを使えば、年間生産量が2000㍑でOK)といった規制緩和策が打ち出されおり、地域活性化につながるものと期待されています。しかし、ワイン製造経験に乏しい小規模生産者の参入による品質低下、苗木不足、人材育成など課題が山積していることも事実。いつの日か、本場のEUの人たちをも唸らせるような「日本ワイン」が飲みたいですね。
ワイン消費を維持していくためには
男性15%、女性7・4%――この数字は「20~29歳のアルコールを飲む習慣がある人」の割合(国税庁統計)だそうです。これを多いと感じるか少ないと感じるかは個人差があるでしょうが、若者のアルコール離れが進んでいることは確かなようです。日常的に大学生と接している蛯原教授も危機感を抱いており、「私のゼミの女子学生が、ゼミ生以外の学生を対象にアンケート調査を実施したところ、『ワインが嫌い』という声が多いことがわかり、ガッカリしました」と苦笑されていました。
「居酒屋の飲み放題などのワインしか知らないことが原因だと思うのですが、ワイン消費が持続していくためには、若い世代の人たちに本当においしいワインを知ってもらうことが必要です。大学こそ、次世代のワイン消費者を育てる場所だと思うのです」と力説し、講演を結んだ蛯原教授。今回の参加者には、(20歳以上の)大学生も含まれていましたが、このあとの懇親会で「本当においしいワイン」を味わい、ワインの魅力を再認識していたようです。