- 2012年3月29日
- パリクラブ通信 瀬藤澄彦
概要
M&Aに代わりグローバル・アライアンスは現代の企業の経営戦略にとって重要な手段となりつつある。成長する企業とは、ライバル企業、顧客、サプライヤーなどと戦略的なグローバル・ネットワークを張り巡らし、競争優位を築ける企業のようだ。最近のPSAプジョーシトロエンとGMなどの事例を見ながら、国際提携の在り方を考察したい。
<国際的な事業連携が M&Aに代わって>
現代のようなグローバルなハイパー競争時代においては1、これまでの競争優位の考えだけに基づいた経営戦略から脱却する必要があるという指摘がある。その一つの有力な手段が企業間のグローバル・アライアンスである。
2011年日本企業は、円高と潤沢な資金を背景に海外企業の買収が過去最多を記録したが、他方、ユーロ危機とリセッション(景気後退)に苦しむ欧州企業などでは、企業の内生的成長でも外延的成長でもないその中間形態とされる企業間ネットワークの提携が注目されている。ブラジルのバーレ(VALE)によるスイスの大手資源企業グレンコア(Glencore international)の系列企業であるエクストラタ(Xstrata)買収劇と、米国の宅配便UPS(United Parcel Service)によるオランダのTNT Expressの友好的買収という二つの案件以外、欧米ではM&Aの動きが影を潜めている。
2011年から今年にかけてこのようにM&Aの動きがほとんどストップしているのは、この15年間で初めてといわれる2。国際的な事業提携がM&Aに代わって模索されているのだ。国際経営としての事業提携の概念は、合併、参加、提携、委託、系列化などを含むが3、ここでは提携と訳されるアライアンスに注目しなければならない。
中でも戦略的提携は、M&Aと違って企業が同業種内での競争状態を保ちながらも締結する協力協定であり、異業種の企業間による協調提携関係の樹立を目指す共生的パートナーシップとは区別される。合併、参加、提携、委託、系列化がこれに該当する。その最近の代表的な事例が今年2月29日に発表された、フランスのPSAプジョーシトロエン(以下、PSA)と米国のGMのアライアンスである。この他、薬品、航空、加工食品などの業界でもアライアンス戦略がよく見受けられる。
<新たなアライアンス・モデルの概念>
国際貿易取引の大きな流れは、まず貿易取引の企業内部化、次に貿易のアウトソーシングと呼ばれる外部化、そしてその両者の中間形態とされる企業間ネットワーク提携という具合に進んできた。戦略的提携のメリットとは何か。研究開発費の削減、リスクの分散、市場への迅速な参入、新たなコア・コンピタンス獲得などが期待される。一方、提携パートナー企業とは競争関係にあり、提携を通じて競争優位性が相手企業に移転してしまう危険が常にある。そのため戦略提携の過半数は物別れに終わる。
従来の米国式アライアンスの概念や定義には常に曖昧さが付きまとっていた。フランスの戦略コンサルタントのアニス・ブアヤ氏は、企業の同一性、事業計画、権限・影響力の三つの基準によって、企業間の集合と接近の在り方を次の四つに分類している4。
第一は企業買収型提携である。フランスのクレディ・アグリコル銀行によるクレディ・リヨネ銀行の買収は、形式的にはクレディ・リヨネ銀行が法律的に吸収されたことは明白な事実であるが、これに伴うクレディ・リヨネ銀行側の幹部人事を見ても吸収されたという印象は与えられない。このタイプのアライアンスは、故意に提携と吸収合併の間の曖昧さを残そうとしている。吸収合併だが実態は提携である。一方で、提携であるが実態は吸収合併というものもある。買収によってソデクソ・アライアンスを設立する際、ベロン社長(当時)の意向によりその社名は提携ということを看板にした。同様にドイツのダイムラーと米国クライスラーの事例も、対等のアライアンスをうたっているが実態は買収というものである。
第二は合併型提携である。サンド(Sandoz)とチバガイギー(Ciba-Geigy)の合併による新会社ノバルティスファーマ(Novartis Pharmaceuticals)、あるいはローヌ・プーラン(Rhône-Poulenc)とヘキスト(Hoechst)によるサノフィ・アベンティス(Sanofi-Aventis)など、新組織を結成することによって戦略的な特定の事業計画として人間・動物・植物の治療開発面での経営の収束を狙ったものである。権限は提携企業間で均等分割される。ここでは合併といっても、企業提携としてコンテンジェンシーな内外の諸要素の集まりである。
第三は戦略型提携である。ルノーと日産自動車のアライアンス(ルノー・日産アライアンス)は価値連鎖のほとんどに及ぶ協力協定であり、資本参加と人事交流も相互に行う長期間の事業である。それでも両社の企業アイデンティティーは事業面において全く失われていない。アライアンスを戦略提携とするかどうかは事業計画の中身次第であるが、時間の経過とともに資本面も必要となってくる。
第四は戦術的提携である。スペインのアパレル企業 ZARAは、価値連鎖の縫製部門と物流部門に限ってサプライヤーとのアライアンス契約を結んでいる。ビジネスサイクルに合わせた技術的で短期間のものである。このような戦術的な限定的アライアンスは、戦略的な提携に比べて簡単に実行できる。しかし、複合的でグローバルな環境下では、単純に戦術的な提携を繰り返すだけでなく、入念に熟慮された戦略的提携の重要さも忘れてはならないだろう。
<成功と失敗の共存する国際事業連携の事例>
このようなブアヤ氏の4分類は、財務重視、アライアンス理想論、短期的収益性、買収志向などアングロサクソン・モデルの特徴であり5、その欠陥とされる構図とは異なる視点を与えてくれる。
先に述べた、2月下旬に発表された米仏自動車メーカーのアライアンスは、車体の共通化、部品の共同調達、GMの7%資本参加などをうたっているが、ルノーと日産自動車の戦略アライアンスのように成果を挙げると予想する論評は少なく、提携の内容が戦略型というより戦術的なアライアンスになっている印象を与える。「現在持っている六つの自動車メーカーとの提携協定をどうするのか?」6「米国GM戦略に疑義」7「危険な坂道」8と批判的な意見が多い。また、昨年来の日本のスズキとフォルクスワーゲンの提携解消に絡む訴訟は見通しが立っていない。
自動車以外の分野では航空機産業において独仏の不協和音が起こっている。ドイツ・フランス・スペイン合弁によるエアバス製造の欧州宇宙開発機構(EADS)に対しドイツ側が資金供与を拒否したことに加え、フランス人ガロワ(Gallois)氏からドイツ人エンダー(Enders)氏への社長交替もこれに拍車を掛けた9。
これとは反対に成果を挙げているアライアンスがある。ルノー・日産自動車以外では、アルセロール・ミタルが欧州での自動車鋼板技術供与の後、新日鉄と中国・宝山鋼鉄とのグローバル戦略提携を実施している。
海上輸送の分野では、日本郵船、Hapag-Lloyd(ドイツ)、OOCL(Orient Overseas Container Line、香港)、商船三井、APL(American President Lines、シンガポール)、現代商船(韓国)の 6大海運会社が定期コンテナ船の共同運航組織としてG6アライアンスと呼ばれる欧州アジア間の共同航路運搬に関する協調提携を開始させている。
航空業界では全日本空輸(ANA)が国際線での遅れを挽回するためスターアライアンスに加盟し、効率的運行、コスト削減に成功している。これは加盟航空会社が形成するネットワークを活用することにより世界市場にアプローチすることが可能になったからであるとされている。
<市場と企業の中間ハイブリッド体としてのアライアンス>
ギリシャ語の alligareが語源とされるアライアンスは、二つの組織体が自己のアイデンティティーを変えることなく共通のプロジェクトについて一緒に働くことを指している。一般的に薬品、航空、加工食品などの分野では比較的順調に提携が運ぶ事例が多く見られる。戦略的アライアンスはまた、価値連鎖の上流部門に関わる場合は企業の総合的な戦略になり、下流部門では経営管理的な色彩を帯びることが多いといわれる。
最後に制度派経済学の立場から見るとどうなるであろうか。企業間提携が垂直的でヒエラルキー構造の企業内部に代替するのは、市場に現れる取引コストを低下させるためである。そして企業が戦略的企業内再編成するためのリストラ・コストと市場との取引コストが高くつく場合、市場と企業の中間的な組織として企業間提携が選択される。すなわち、市場での競争ではなく企業合併でもないときに企業提携が志向されることをオリバー・ウィリアムソン氏は企業組織のハイブリッド化として提唱した。
ブアヤ氏によればアライアンスは有機的な生き物であって、不断に変転していくものである。従来の競争概念一辺倒の考えから常に共存が可能であるという考えをベースに、事業計画、リスク、収益、権限、アイデンティティーの五つの「成功条件の鍵」(Key to success)を相手企業との間で共有するよう心掛ければ成功に近づくと提言している10。
- Richard A. D’aveni 米国ダートマス大学教授
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- 論文『多国籍企業の国際事業提携に関する予備的考察―提携・委託・系列化・資本参加・共同経営の象現的確定―』 関下稔 「立命館国際地域研究」第 23号
- LES ALLIANCES STRATÉGIQUES Anis BOUAYAD著 DUNOD 2007
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※なお、本稿で述べた意見は全て筆者の私見である。
(執筆者プロフィール)
瀬藤澄彦
パリクラブ(日仏経済交流会)会員
諏訪東京理科大学、リヨン・シアンスポ政治大学院(SciencePo Lyon)講師。
早稲田大学法学部卒業後、ジェトロ入会。アルジェ―、モントリオール、パリ、リヨンのジェトロ事務所長、次長。パリ ベルシー仏経済財政省・対外経済関係局・日本顧問。2001年度フランス国家殊勲(オルドル・ナシオナル・ド・メリット)シュバリエ賞受賞。著書多数。
※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信している会員制ウェブサイト「MUFG BizBuddy」に2012年4月9日付で掲載されたものです。