21世紀の欧州の新産業地図と経営戦略(1)吹き荒れるコモディティ化現象

  • 2012年1月21日
  • パリクラブ通信 瀬藤澄彦

概要

製品やサービスのコモディティ化現象が、日本だけではなく欧州においても多くの分野で進行している。重要なのは、これまでの常識では欧州企業でなければ「競争優位」を築くことができないとみられていた分野でも、次々に新たなプレーヤーが登場し、産業地図を塗り替えつつあることである。

<三つの「罠」―安物化・乱立・加熱>

競争優位の概念が転機を迎えているのだろうか。昨日まで内外の市場で優位を誇っていた製品やサービスが、気が付いてみると競争力を失って市場から姿を消しているという現象が顕著である。このように多くの製品において短期間のうちにその技術の汎用(はんよう)化が進行し、先端的な製品でさえ低価格化と商品としての陳腐化が進んでいる。米国ニューハンプシャー州のダートマス大学戦略経営学教授であるダベニー・リチャード・A氏は、これまでの競争優位に代わる新たな競争概念として「競争覇権」(competitive supremacy)という考えを提唱している1
同氏によれば、企業が陥る「コモディティ化の罠」(commodity trap)には三つの類型がある。

  1. 「安物化の罠」:低級で低価格の商品で攻勢を掛けてくるローエンド企業が市場に参入することによって、次々に顧客をさらってしまう。高級アパレル分野では、スペインのファッションブランド「ザラ(ZARA)」が典型的な事例として指摘できる。
  2. 「乱立の罠」:複数以上の企業が既存の市場に攻撃を掛けてくる。日本のオートバイメーカーによる、米国のハーレーダビットソンによる寡占市場の獲得など。
  3. 「加熱の罠」:価格よりも消費者の便益を優先することによって、業界全体としては利益率が下がってしまう。

<iPhone、お前もか>

このような異変はすでにスマートフォン市場でも起きている。アップルのiPhoneは2011年第3四半期において米国と英国でそれぞれ36%、31%の市場シェアを占めているが、欧州における市場シェアはフランスで29%から20%へ、ドイツで27%から22%へと急落。スペインやイタリアでも事情は変わらない2。同社の設立者の1人で昨年この世を去ったスティーブ・ジョブズ氏が考案したリンゴのロゴマークのスマートフォン、iPhoneの市場シェア後退については「ユーロ債務危機などを背景とする景気後退や可処分所得の伸び悩みを背景に、ユーザーが韓国のサムスン電子や台湾のHTC(宏達国際電子)などアジア企業の低価格帯モデルに切り替える動きがあるのではないか」と業界専門家は分析する3

年間の市場全体の伸び率が42%と急成長するスマートフォン市場だが、サムスンはフランスで2,500万ユーロ(約25億円)に上る巨額の広告キャンペーンを展開して「iPhone Killer」と称される新製品「Galaxy S2」を投入した。今やフランスのスマートフォン市場では、2台に1台は韓国製という状況である。アップルの新モデル「iPhone4S」の昨年10月の投入は、後れを取ったのである。アップルのiPhone 、iPadシリーズに対する熱気にも、グローバル化の現象が影を落とし始めている。

リヨン・パールデューの家電店内風景(筆者撮影)

リヨン・パールデューの家電店内風景(筆者撮影)

<「ザラフィケーション」旋風のファッション業界>

ハイテク製品ばかりでなく、ファッション業界や加工食品分野でも事情は変わらない。伝統のあるリーダー的企業や老舗ブランドが安定した「競争優位」を不動にしていた分野でも、市場のプレーヤーの変動が加速している。このようなリーダー企業と新たなライバルとして参入する企業の攻防は、先進諸国の企業と新興諸国の企業との間だけではなく、先進国企業同士でも展開されている。

ファッション分野では、前述したスペインのZARA、スウェーデンのH&M、それに加えて日本のユニクロなどの間で業界内でのポジション争奪戦をめぐって変化の激しい動きが続いている。ZARAの戦略のポイントは、一時的短期戦略と柔軟な製品の回転にある。絶えることのない最先端流行製品のイノベーション、40%の製品の週ごとの売り場での入れ替え、新デザインのファッション製品の3日置きの投入など、どの競合会社も実施してこなかったような製品の回転の迅速性を維持するための戦略を採用している4

ZARAは高いファッション性と低価格を武器に、世界78カ国・5,000店舗で展開し、今や売上高でH&M、米国のGAPを上回る世界一の企業にのし上がった。今日では600人のスタイリストを擁し年間3万モデルものコレクションを発表する、このスペインのガリシア州の企業による現象は「ザラフィケーション」と呼ばれ、ファッション産業の典型的なコモディティ化といわれている。欧州の大手ファッション業界の一部からは「模倣者」とのレッテルを貼られたりもしているが、柔軟な物流調達体制を自国周辺に整え、最近では韓国サムスンやインドのタタ・グループと提携するなど快進撃は止まらない。インドでは、まるで16世紀の大航海時代のように、スペイン人が世界を征服しようとしているのではないかとも報じられている5
一方、小売分野では、PB(プライベートブランド)旋風が吹き荒れている。今やナショナルブランドをしのぐ勢いで、あらゆる分野の消費財に流通業社が独自に企画したブランドにより、価格が安く品質面でもナショナルブランドに引けを取らない商品が数多く出回っている6

<ワインもアジア産が多く出回る時代に>

そればかりでない。さらに驚くべきビジネス分野でも、このような現象が想像を超えるスピードで進行している。例えば、アジア諸国がワイン生産国として台頭しつつある動きなどが当てはまる。日本、中国、韓国、台湾、タイ、ベトナム、インド、スリランカ、カンボジアなど12カ国・地域では、ワイン造りが急ピッチで進んでいる。すでに中国は生産量で世界第7位であり、香港は今やワイン取引における世界の一大拠点になった。現在、中国と香港だけでアジアにおけるワイン消費の約60%を占める。香港で開催されたVINEXPO(世界ワイン博覧会)の会場は、世界中から集まった関連業者でごった返した。フランス・ワイン・スピリッツ酒輸出組合のベルエ事務局長は「最近のボルドー産赤ワインの対中国輸出の売れ行きはブームと呼んでよい」と断言する。

世界のワイン生産は北緯38度線から42度線にかけて地球レベルで「黄金ベルト」地帯が広がろうとしているが、かつてシルクロードの重要拠点が存在した中国西域のゴビ砂漠に今、年間1万トン規模のワイン生産体制が整いつつある。ここは中国の衛星ロケットの打ち上げ基地であり、また核開発拠点でもある。年間降雨量50~200ミリの乾燥地帯は格好のワイン栽培地となり、酒泉鋼鉄社の新事業としてここでシャルドネ、ピノ・ノワール、メルロー、リースリングなどの品種が開発されている。この場所に世界トップクラスのワイナリーが誕生するのも、そう遠くないかもしれない7

<競争企業間の相互反応行動や創造的破壊不均衡の概念>

このようなコモディティ化の現象を経済学的にどのように経営戦略として解釈するかについては、これまでのマイケル・ポーター氏の戦略論の流れに対する反省から、新たなアプローチが始まっている。第1に挙げられるのは競争企業間の相互反応行動、第2はシュンペンターやキルシュナーが言うところの創造的破壊や不均衡の概念、第3はイノベーションの高度な戦略課題への適合である。スミス、グリム、ガノンら経済学者は、競争をこれまでのように静態的に捉えるのではなく動態的プロセスとして把握することによって、ライバル企業よりも先に競争優位を獲得することが可能となるような予測行動を企業が取っているというのだ。
ダベニー・リチャード・A教授は、現代の資本主義経済はハイパー競争の時代に入り、そこでは競争的な「かく乱」が繰り広げられているとする。ここで指摘されている企業の競争優位の分析の枠組みは、(1)業種でなくビジネス単位(2)業界行動ではなく企業行動(3)企業経営リーダーの短期的な競争優位獲得のための決断能力、などである。

  1. Les nouvelles strtégies concurrentielles(Pierre Roy著 La Découverte 2011
  2. Kantar Worldpanel社の調査
  3. Les Echos(2011年12月23、24日、P.15)
  4. http://www.20minutes.fr/article/759856/comment-zara-impose-paris-sydney
  5. http://thirdeyesight.in/blog/2010/06/12/expecting-zarafication/ (Expecting Zarafication? by Devangshu Dutta)
  6. MUFG Bizbuddy 2011年6月8日付掲載記事「欧州の都市型流通消費革命(1)―新たな業態ビジネスとPBの急成長」参照
  7. 農中総研「調査と研究」2010年11月号

※なお、本稿で述べた意見は全て筆者の私見である。

(執筆者プロフィール)

瀬藤澄彦
パリクラブ(日仏経済交流会)会員
諏訪東京理科大学、リヨン・シアンスポ政治大学院(SciencePo Lyon)講師。
早稲田大学法学部卒業後、ジェトロ入会。アルジェ―、モントリオール、パリ、リヨンのジェトロ事務所長、次長。パリ ベルシー仏経済財政省・対外経済関係局・日本顧問。2001年度フランス国家殊勲(オルドル・ナシオナル・ド・メリット)シュバリエ賞受賞。著書多数。

※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信している会員制ウェブサイト「MUFG BizBuddy」に2011年10月17日付で掲載されたものです。

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