新時代における欧州の都市経済空間の変貌(6)~カン ヌ市はいかにしてコンベンション・ビジネス競争優位性を 築いているか~

  • 2011年12月26日
  • パリクラブ通信 瀬藤澄彦

概要

欧米先進諸国では製造業などの空洞化が進行する中、コンベンション・ビジネスを都 市の競争優位性のてこにしようとする動きが活発化している。2011 年11 月のG20 サ ミットの開催地となったカンヌ市の事例は、中小都市がコンベンション・シティーになる ための戦略をどのように構築するかという点で教訓を与えてくれる。本稿ではカンヌ 市の戦略を探った。

<コンベンション・ビジネスは不況を知らない>

世界観光機関(UNWTO)や国連の定義によると、観光客とは「旅行の目的にかかわらず、個人の日常の環境から枠外の場所に1泊以上の旅行をする全ての人」とされている。従って、ビジネスの出張者も観光客に含まれる。リーマンショックやユーロ債務危機などの発生にもかかわらず「コンベンション・ビジネスは不況を知らない」といわれ、注目されている1

欧州の主要都市が注目する理由は他にもある。第1に会議に出席することを目的とした出張者の支出額が、通常の観光客の50%以上に相当する1日当たり321ユーロであることである。第2に会議出張者の移動は天候に左右されないことである。 第3に会議による出張は通常、2~10年前から予定が明らかになることである。第4に会議出席を目的とした出張者は集団でやってくるケースが多いことである。会議の約5割は医学関連といわれているが、例えばパリでは2011年8月に第33回欧州心臓病学会が開催された他、国際高血圧会議が2014年アテネ市、2016年ソウル市で開かれるなど、各都市で大きな世界的学会の開催が決まっている。 2010年の国際コンベンション会議連合の発表によると2、イベント会議数ベースで3年前からウィーンがトップ、第2位がバルセロナ、第3位がパリなどと続く。欧州の都市間のこの分野での競争は激しく、大きな拠点大都市と肩を並べて健闘するカンヌ市の発展が注目される。

  1. http://www.voyages-d-affaires.com/
  2. http://www.micefinder.com/

<「世界一のグローバル都市」へのブランド・マーケティング>

人口7万人ほどの小都市であるカンヌ市は、今やグローバル都市の一つになったと言っても過言ではない。この街を象徴するのは、地中海岸沿い一帯のパラスと呼ばれる優雅な五つ星ホテル(マジェスティック バリエール、インターコンチネンタルカールトン カンヌ、JW マリオット カンヌ、マルチネスなど)、巨大なカジノ、軒を連ねる高級ブティック、美しい砂浜、豪華客船が停泊するヨットハーバー、国際映画祭などが開催されるフェスティバル会場がひしめき合うように建ち並ぶクロワゼット通りである。

ここでは、ほぼ世界中の全ての言語が聞こえてくる。年間250万人の訪問者の70%は外国人で、さまざまな国籍の高所得層がこの通りを散策する。カンヌ副市長でカンヌ・フェスティバル展示会場理事長のリスナール氏は「カンヌは今や世界で最も裕福な人たちが集まる場所になった」と胸を張る。地方の小都市でも大都市に匹敵する国際都市になれることを、カンヌ市の事例は教えてくれる。それを支えるのは、同市の徹底した都市活性化のブランド・マーケティングである。

(左)カンヌ国際映画祭で有名なクロワゼット通り(右)国家元首や映画スターの定 宿の五つ星ホテル・マルチネス(筆者撮影)

(左)カンヌ国際映画祭で有名なクロワゼット通り(右)国家元首や映画スターの定
宿の五つ星ホテル・マルチネス(筆者撮影)

<徹底した都市ブランド差異化戦略>

カンヌ市の旗は、二つのユリとヤシの葉の模様が入った地中海の紺ぺき色の紋章である。同市はこのロゴマークに、他のフランスの都市以上にひときわ重要な位置付けを与えている。ロゴマークの利用には同市の特別な許可を必要とし、その際には書面で許可願いを申請しなければならない。同市は数年前より「カンヌ」という名前を高級ブランドに仕立て上げるよう、全方位外交を展開している。この「高級さ」、フランス語でいう「オー・ド・ガム」(haut de gamme)こそがこの街のアイデンティティーであるという哲学を持ち、「カンヌ」という都市名を商標登録して商業目的での無断使用を禁じている。

カンヌ市当局は今のところ周辺の市町村と都市共同体を編成する用意がないとしているが、これは併合によってカンヌ市の都市ブランドの差異化戦略が発揮されにくくなることを恐れているからである。同市のフルニエ国際課長は「カンヌは地理的にもサントロペとモナコの中間に位置し、両都市の魅力を昇華させた高級さを兼ね備えている」と強調する。同市の都市ブランド差異化戦略は、ビバリーヒルズ、アカ
プルコ、フィレンツェ、グシュタード、静岡など世界の12の都市との姉妹都市の選択にも表れている。例えば静岡市は、元駐日フランス大使でカンヌ前市長デロネ氏が入念に日本国内の都市を調べ上げた結果、選択された。こうしたカンヌ市の徹底したブランド戦略に対する意識が、都市としての高級感を生み出すことに貢献しているのである。

<フランス第2 位、欧州第4 位のコンベンション都市に>

カンヌ市当局の資料によると、カンヌ都市圏のGDPの60%は観光産業によるものであるが、そのうち35%がコンベンション・ビジネスである。このほど国民議会に提出されたフランスの見本市・展示会・会議ビジネスに関する報告によれば、フランスのこの分野の市場規模は約78億ユーロ、雇用者数は30万人となっている。注目されるのはその経済効果の規模において、パリ首都圏の45億ユーロに次いで小都市カンヌが7億5000万ユーロと他のフランスの大都市、リヨン、ボルドー、ナントなどを大きく引き離して第2位に着いていることである。また、欧州の都市全体との比較でも第4位となっていることからも、カンヌ市がコンベンション・ビジネスでいかに特別な地位を占めているかが分かる。

また、同じくカンヌ市当局の資料によると、データとしては若干古いものの、同市における2005年の年間のコンベンション数は110に上り、参加人数は50万5000人となっている。年間のコンベンション日数は300日間、1日平均12万人の宿泊客を抱え、カンヌ市民と合わせて常時約20万人の人口を有する都市となっている。同市の中心的な施設となっているのは、パレ・デ・フェスティバルエ・デ・コングレである。ホテル利用客全体の3分の1は、このフェスティバル会場で開催されるコンベンション参加者である。同会場で開催される主要なコンベンションとしては、映画見本市(Marché du Film)、カンヌ国際テレビ・ビデオ番組見本市(MIPCOM)、国際音楽著作権見本市(MIDEM)、国際不動産見本市(MIPIM)などが有名である。

同会場の最大イベントは毎年5月に開催されるカンヌ国際映画祭で、この12日間だけで約12万人の入場者、世界75カ国から集まる1,500のメディアと5,000人の報道関係者が訪れ、オリンピックに次ぐ規模で世界的に報道されるイベントといわれる。この会場では拡張工事が計画されており、2万平方メートルの展示会場と5,000平方メートルの物流センターの建設が決まっている。ラガルド貿易大臣のカンヌ・コンベンション・クラスター構想を受けて、政府も投資助成を予定している。コンベンション産業の国際競争が激化する中で、カンヌ市はバルセロナ、ミラノなどの都市との会議誘致合戦において優位性を築くことに余念がない。

<ポスト・コンベンションも意識>

カンヌ市は、1834年に英国人のブルハム卿が当時小さな漁村だったこの地を保養地として「発見」したのをきっかけに、20世紀初頭にはロシア富豪などの移民もあり、保養都市として急速に発展してきた。現在、同市当局はコンベンション以外にも映像ハイテクパークやスポーツパークを創設する構想を打ち出している。また、経済財政産業省が同市の「コンベンション・ビジネス観光」クラスター構想を発表しており、同市の都市活性化政策が注目されている。

参考資料

日刊紙Nice-Matin、http://www.cannes.com/

※なお、本稿で述べた意見は全て筆者の私見である。

(執筆者プロフィール)

瀬藤澄彦
パリクラブ(日仏経済交流会)会員
諏訪東京理科大学、リヨン・シアンスポ政治大学院(SciencePo Lyon)講師。
早稲田大学法学部卒業後、ジェトロ入会。アルジェ―、モントリオール、パリ、リヨンのジェトロ事務所長、次長。パリ ベルシー仏経済財政省・対外経済関係局・日本顧問。2001年度フランス国家殊勲(オルドル・ナシオナル・ド・メリット)シュバリエ賞受賞。著書多数。

※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信している会員制ウェブサイト「MUFG BizBuddy」に2012年1月12日付で掲載されたものです。

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