21世紀の欧州の新産業地図と経営戦略(8)グローバル価値連鎖の日欧米比較<3>

  • 2012年8月25日
  • パリクラブ通信 瀬藤澄彦

概要

フランス企業とドイツ企業の国際競争力を比較する場合には、コストリーダーシップ、差異化戦略、企業間関係としてのネットワークという三つのグローバル経営戦略からのアプローチが不可欠となる。今回は、欧州経済の機関車とされるドイツとフランスの企業の競争優位性について比較・考察する。

<重層的なグローバル生産システムが競争優位を生む>

フランス国立統計経済研究所(INSEE)は労働コストについて、労働者1人を雇用するときの経費の総額であると定義している。つまり、給与総額に配当や自社株配当を加えた直接コストと、事業主が負担する社会保険料や各種諸手当などの間接経費を包含するコストの総称である。ドイツとフランスの労働コストの比較においては、2011年は1時間当たり35.5ユーロでほぼ拮抗(きっこう)しており、南欧諸国を大幅に上回る水準にある。国際比較をする場合には、国によって異なる労働生産性を考慮しなければならない。労働生産性が高い場合、労働コストが高いことはハンディキャップにならない。これがいわゆる単位当たりの生産コストであるが、これは国によって変化する。例えば2011年のフランスとイタリアの労働コストはそれぞれ時間当たり35ユーロと26ユーロであり、その差は約35%であるが、生産性を考慮するとその差は18%に縮小する。しかし、これは例えばフランスにおける産業の国際競争力が低下し、企業の海外移転に伴う産業空洞化や貿易赤字の継続を説明するのに十分とはいえない。

ここから、前回の「21世紀の欧州の新産業地図と経営戦略(7)グローバル価値連鎖の日欧米比較<2>」(2012年8月2日付掲載)で述べた中間財が登場する。生産性をも考慮に入れた労働コスト比較では、今日の国際競争力を計測することは不十分である。その理由は、多くの多国籍企業の生産システムが生産工程の中間段階における業務のアウトソーシングやオフショアリングに大きく依存するようになったことにある。この外部委託コストを正確に反映せずに国際競争力の比較を行っても実態を反映しない。この点では、フランスのサービスコストはドイツと比較してかなり高くなっている。そのドイツはイタリアとほぼ同水準にある。

問題はさらにもっと高次元なところにある。それは企業の業務活動の価値連鎖をいかにして分散化し、最適な生産工程のネットワークを構築するかである。この点に関してドイツ企業は内外の下請け企業や中小企業を自社の生産システムのネットワークの流れの中に形成するコンピタンスを有している。これらのMittelstandと呼ばれるいわゆる中小企業群に属する企業は、技術革新や最終製品の付加価値を高めることに大きく貢献している。

そしてドイツ企業は、ポーランドなどを中心に中・東欧諸国や英国、オランダなどにおいてこのような価値連鎖のプロセスのネットワーク網を張り巡らせている。この点では昨今のユーロ安が生産コストをさらに低下させることによってドイツ企業に有利に働いていると考えられる。

<ドイツ企業がグローバル競争力において優れる理由>

フランス企業とドイツ企業の国際競争力を比較する場合には、コストリーダーシップ、差異化戦略、企業間関係としてのネットワークという三つのグローバル経営戦略からのアプローチが不可欠となる。広義の意味での労働コスト、アウトソーシングされるサービスコスト、価値連鎖の分散による生産工程の最適化、グローバルな業務のオフショアリングなどは全てこれらの経営戦略の諸要素を考慮に入れなければならない。このようにして算出されたドイツ企業のグローバル競争力は、フランス企業に比べてコスト面で少なくとも20%以上優れるといわれている1。ドイツは高度で差異化された製品をイタリア、スペイン並みのコストで供給できる生産システムを構築しているのである。

ドイツ企業の事例は、企業が今後グローバルな競争優位性を築き産業競争力を構築するためには、多角的な企業内外のネットワークの在り方に大きく依存しているということを認識する必要があることを示している。これを決して産業構造の第3次産業化や産業全体がサービス業種に移行することと混同してはならない。製造企業の生産システムが価値連鎖の分散を通じて錯綜(さくそう)したサービス化の実態のことを指すのである。

<フランス企業に見られる海外直接投資の特徴>

実際、フランス国際経済予測情報研究所(CEPII)のドイツ・フランス貿易経済関係に関する調査報告書によれば、ドイツ企業の積極的なアウトソーシングがフランスとの国際競争力の差を広げていると指摘されている2。ドイツ・フランス両国の中間財の輸入先国は主に先進工業国であるが、とりわけドイツ・フランス両国間の相互依存度は高い。両国は中間財の輸入先国としてそれぞれ第1位であり、その統合度合いは他のどこよりも進んでいる。しかし、無視し得ない差も存在する。ドイツがフランスの中間財輸入の20%を占めている一方、フランスの中間財のドイツへの輸出はその半分である。さらにドイツはチェコ、ポーランドを中心とした中・東欧諸国や生産コストの低い国からの中間財輸入を増大させている。ドイツ企業の行う生産工程に関わる価値連鎖の分散戦略が競争力強化につながっているのである。

フランスでは産業間輸入取引にのみ、このような戦略が観察される。ドイツの海外直接投資の重要な部分は、ドイツ企業の価値連鎖における生産工程ネットワークに統合する目的でなされている。フランス企業は産業間貿易に関わる水平的投資に終始して海外投資先の収益を全て吸い上げ、価値連鎖の効率的な分散に向かうような垂直的な海外直接投資には向かっていない。

フランス企業の海外直接投資について、パリ商工会議所(CCIP)は次の3点を指摘する3。(1)大企業グループが海外子会社設置を支配、(2)投資先が欧州連合(EU)諸国の近隣国に地理的に集中、(3)フランス企業の海外直接投資の売上高の半分は4業種に限定、という特徴から、フランスの海外直接投資については以下のことがいえる。

第1に企業経営のグローバル化というのは大企業グループの戦略であるという考えから、ドイツ企業に比べてその海外戦略はフランス国内の価値連鎖に関連性を持たせるという意識が低い。
第2にフランス企業のいうmarket seekingは水平的な海外進出であり、ローカルな市場制覇が一義的であり、収益性やコストの問題は二義的にされる傾向がある。
第3にフランス企業は海外立地を優先して生産システム全体を移転させてしまうことが多い。これはマーケティング、戦略的アライアンス、価値連鎖の分散などを重視するドイツ企業と対照をなす。
第4に通常、海外直接投資は本国の貿易収支の改善に資することが多い。

しかし、本シリーズで前回取り上げたFontagné氏の報告でも、フランス企業が1ドルの海外直接投資で対投資先国に55セントの代替輸出、24セントの誘発輸入を行ったと報告されているが、ここ10年ではこのような数字は観察されていない。従って、フランスの製造業を支えて「メード・イン・フランス」としてフランス製品の輸出を支援・推進するような海外直接投資にはなっていないということができるであろう。

  1. “Compétitivité globale;déclin industriel:quel vrai coût coupable ?” par Alexandre Mirlicourtois,
    directeur des êtudes de Xerfi Canal 22 mai 2012
  2. “Prospective du couple franco-allemend” par M Bernard ANGELS 22 juin 2011
  3. http://www.friedland.ccip.fr./3317_internationalisation-entreprises-francaises/

※なお、本稿で述べた意見は全て筆者の私見である。

(執筆者プロフィール)

瀬藤澄彦
パリクラブ(日仏経済交流会)会員
帝京大学教授、諏訪東京理科大学、リヨン・シアンスポ政治大学院(SciencePo Lyon)講師。
早稲田大学法学部卒業後、ジェトロ入会。アルジェ―、モントリオール、パリ、リヨンのジェトロ事務所長、次長。パリ ベルシー仏経済財政省・対外経済関係局・日本顧問。2001年度フランス国家殊勲(オルドル・ナシオナル・ド・メリット)シュバリエ賞受賞。
著書多数。

※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信している会員制ウェブサイト「MUFG BizBuddy」に2012年9月4日付で掲載されたものです。

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