- 2012年7月25日
- パリクラブ通信 瀬藤澄彦
概要
多国籍企業の生産工程のネットワーク化が進んでいる。グローバル化の流れにおいて企業はどのように価値連鎖の最適な組み合わせを構築していくのか。世界の産業地図を塗り替えている日欧米企業による「グローバル価値連鎖(バリュー・チェーン)」(GVC)戦略、中間財貿易の変貌などについて考察する。
<変貌した中間財・資本財の国家間の世界貿易の流れ>
世界的な生産工程のネットワーク化の進展は「グローバル価値連鎖(バリュー・チェーン)」(GVC)として世界の産業地図を塗り替えている。経済協力開発機構(OECD)の分析によれば、世界の企業内貿易の主要な取引を構成している中間財と資本財の国家貿易の流れは、1990年代から2000年代にかけて次の三つの点で大きく変貌した(図1参照)。
第一は中間財貿易比率が20%以上の地域経済圏が一つから四つに分散・拡大したことである。1995年には欧州連合(EU)経済圏は世界貿易の中でほぼ唯一の地域経済統合圏であったが、2005年には北米自由貿易協定(NAFTA)、東アジア、東南アジア諸国連合(ASEAN)の三つの地域統合体がそれに加わったのである。
第二は中間財貿易の中核拠点が、日本、米国、EU経済圏におけるドイツという従来の構図から形を変えたことである。1990年代から2000年代にかけて、中国、韓国、日本の3カ国による東アジア経済圏、インドネシア、フィリピン、マレーシア、タイ、シンガポール、ベトナム等のASEAN経済圏、カナダ、メキシコ、米国のNAFTA経済圏、拡大されたEU経済圏がそれぞれの域内の中間財・資本財の地域的な供給拠点としてだけでなく、グローバルなネットワークに変貌した。
第三はEU経済圏におけるドイツのハブとしての供給センターの地位が高まったことである。ドイツは主にフランスとの間で形成していた中間財・資本財の供給ネットワークをオランダ、オーストリア、英国との間に分散し、さらにスペイン、イタリア、中国との間へも拡大した。
【図1 世界の中間財の2国間貿易取引関係の変化】
出所:Own calculations based on OECD Input-Output Database(September,2010)and OECD STAN BTD(March,2010)を基に筆者作成 ※中間財輸出が15~20%以上の世界貿易におけるネットワーク
<アウトソースする米国企業、市場をグローバル化・一体化する日本企業>
多国間工程分業の進展と生産・供給機能の集約化によって特徴付けられるGVCネットワークの東アジア、欧州、北米の国際比較を試みると、どのような違いがあるのか。GVCにおける消費財に対するこれら生産財の相対的なウエートの増大は、世界貿易における中間財・部品・素材などの占める比重の増大に反映されている。
東アジアでは、三角貿易構造と称すべき価値連鎖の流れが顕著である。それは日本企業が高付加価値中間財を生産・供給し、中国など東アジアにある現地自社工場で組み立て生産し、それを最終消費地である日欧米で輸出・販売するトライアングルな関係である。また、製品・部品ごとに生産が集中し、域内部品調達・供給を最適化・効率化した生産体制が取られている。東アジア各国・地域において最終消費財の輸出志向が高まり、特に対米国輸出を増加させている。日本による一方的な消費財輸出の時代から、双方向による消費財輸出入を行う時代へと変化を遂げてきたことがうかがえる。
同時に東アジア域内における中間財や資本財を中心に産業内貿易が活発化しているが、これは通常の意味で嗜好(しこう)の違いに基づいた消費財の産業内貿易が行われるとする製品差異化の考え方に合致しない。通商白書によると、産業内貿易が進展している電気機械と輸送機械の分野において、日本と東アジアとの間では電気機械については垂直的産業内貿易が中心であるのに対し、輸送機械では中国との貿易において同品質の財を取引する水平的産業内貿易の割合が近年高まっていると指摘されている12。
北米では米国輸出の半分が企業内取引であり、工業品輸出の90%が海外子会社向けである。GVCは典型的には自動車産業の事例のように、マルチドメスティック・タイプの調整型連邦組織の経営のスタイルを取る米国の多国籍企業においては国別の競争行動を取り、現地適合製品を開発するために価値連鎖の本社機能以外の全ての活動を国別に配置するネットワークとなる3。GM(ゼネラルモーターズ)の欧州子会社であるオペルの自動車、フォードのフィエスタなどが好例である。
デジタル技術による生産工程のモジュール化は、米国の先端技術製品製造企業における生産組み立てのさらなるアウトソーシング化に拍車を掛けている。アップル、マイクロソフト、アマゾン、グーグルの米国IT(情報技術)大手4社やパソコン・メーカーはタブレットやパソコンの製造をいずれも鴻海精密工業、広達電脳工業、仁宝電脳、緯創資通、和碩聯合科技などの台湾企業のEMS(電子機器受託製造サービス)に委託している。
この他、アパレル分野でもJ.C. Penney、GAP、Wrangler等の企業のようにメキシコやホンジュラスの縫製企業や現地子会社に生産を委託している。
<垂直的産業内貿易を加速する欧州企業>
EU域内の貿易は当初、EU委員会が予測していたように単一市場の結成によって水平的な差異化産業内貿易4や加盟国間の非対称性につながる産業間分業型貿易が増えていかず、垂直的な差異化産業内貿易が前者の2倍以上に増加するという違ったシナリオで展開している。種類の相違のみならず、同一カテゴリーで質の違った製品に域内貿易が向かっているのである。
ポルトガルやスペインのような労働集約型産業に優位性があると見なされてきた国でも域内の先進産業国の貿易構造に接近してきている。ここでは産業内貿易とは、(1)技術的、質的な違いがなく単価の隔たりも15%以内の製品において包装などマーケティング上差異化された製品の貿易、あるいは(2)双方向貿易全体の中で輸出入額の差が10%以内の製品の貿易、とされている4。ここで3類型の貿易パターンが区別される。水平的な差異のある類似商品産業内貿易、上記(2)の条件を満たす垂直的な産業内貿易、一方通行の産業間貿易である。Fontagné、Peridy、Freudenbergの3人によれば、EU域内では産業内貿易が水平的、垂直的を合わせて約60%を占め40%の産業間貿易を凌いでおり、垂直的な産業内貿易が水平的な産業内貿易を大きく上回っている。垂直的な産業内貿易はドイツ・フランス間では83%、ドイツ・英国間で74%、フランス・スペイン間で70%と報告されている。スペインやポルトガルでも産業内貿易が増えてきているが、ギリシャ、フィンランド、ポルトガルでは依然として産業間貿易が主体である。
EUの「ブルーバナナ」と称される欧州経済のセンターに位置する国々では、統合の進展が産業内部の製品の差異化や地域空間的な差異化を加速させたと推定される。比較優位に基づく産業間の貿易分業ではなく、産業内部で価格や品質面での商品の差異化や品ぞろえのための産業内の垂直的な貿易分業化が進展したのである。
【図2 グローバル経営におけるアウトソーシングとオフショアリングの概念図】
* 「オフショアリング」とは「海外」に移管・委託することを指し「アウトソーシング」とは単に「社外」を指す。
出所:Van Welsum and Vickery(2004), Miroudot et al.(2009)and Sturgeon(2009)を基に筆者作成
Fontagné氏の報告は、EU域内では垂直的な産業内貿易の事例として自動車産業におけるエンジンはドイツ、窓ガラスはフランス、ギアは英国、組み立てはスペインという生産・供給ネットワークを挙げ、EU域外の国とは産業間貿易になっていると結んでいる。米国のM.Feldstein氏は1990年代よりEU加盟国間の製造業種、エネルギー依存度、輸出市場などの大きな隔たりから域内には深刻な非対称性ショックが存在すると指摘していた5。これを受けてJ.A.Frankel氏とA.K.Rose氏は、まさにこの産業内貿易が加速したことが通貨同盟の結実につながったとし、変動相場制の下で発生する貿易特化・分業化や非対称性ショックというリスクを回避することができた。さらに単一通貨の誕生によって、産業間取引が減少する代わりに垂直的産業内貿易が水平的貿易よりも高い伸びを示したのである5。
- 通商白書によれば、産業内貿易とは、同一産業に属する財が各国間で同時に輸出入される取引状態を指す。これに対して、産業間貿易とは、ある産業に属する財を輸出し、これと異なる産業に属する財を輸入する取引状態のことを指す。貿易統計のHS6桁分類のうち、単価が分かる品目について以下の3通りに分類される (1)一方向貿易:輸出額と輸入額の差が10倍以上、(2)垂直的産業内貿易:輸出額と輸入額の差が10倍以内の場合で輸出入単価の差が1.25倍以上ある場合、(3)水平的産業内貿易:輸出額と輸入額の差が10倍以内の場合で輸出入単価の差が1.25倍以内の場合
- 通商白書2006年版
- 「日米自動車メーカーの国際化戦略の比較」(立石佳代 日本大学大学院総合社会情報研究科)、「現代グローバル経営要論」(山下達哉・高井徹著、同友館)
- Le rôle des chaînes de valeur mondiales dans le secteur manufacturier allemand Olivier Godart et Holger Görg Kiel Institute for the World Economy et Université Christian-Albrechts de Kiel, Allemagne
- L’échange intra-branche vertical:quellemenace pour l’approfondissement des processus d’intégration régionale?
Bernard Yvars *UEM:un point de vue critique in Probleme eonomique No.2290 september 1992
※なお、本稿で述べた意見は全て筆者の私見である。
(執筆者プロフィール)
瀬藤澄彦
パリクラブ(日仏経済交流会)会員
帝京大学教授、諏訪東京理科大学、リヨン・シアンスポ政治大学院(SciencePo Lyon)講師。
早稲田大学法学部卒業後、ジェトロ入会。アルジェ―、モントリオール、パリ、リヨンのジェトロ事務所長、次長。パリ ベルシー仏経済財政省・対外経済関係局・日本顧問。2001年度フランス国家殊勲(オルドル・ナシオナル・ド・メリット)シュバリエ賞受賞。著書多数。
※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信している会員制ウェブサイト「MUFG BizBuddy」に2012年8月2日付で掲載されたものです。