21世紀の欧州の新産業地図と経営戦略(6) グローバル価値連鎖の日欧米比較

  • 2012年6月25日
  • パリクラブ通信 瀬藤澄彦

概要

企業経営活動をいかに最適な形で世界レベルで分散させるかは、企業のグローバル化における最重要課題の一つである。世界の多国籍企業はどのように企業の機能を配置しようとしているのか。日欧米企業の比較の観点から探る。

<EU 拡大と企業の価値連鎖>

欧州連合(EU)の外延的拡大と経済のグローバル化が欧州の産業地図の再編成に拍車を掛けている。その主役は多国籍企業である。グローバル経営を推進していくための全ての業務分野におけるプロセスがその影響を受けるようになってきた。本社あるいは戦略的な研究開発(R&D)部門や中核的なマザー工場などは本国に残留させるが、地域的な統括本部、顧客との接点が重要なR&Dやデザイン、製品の加工・組み立て、物流、営業、販売、流通、マーケティングに至るまで、今や上流部門から下流部門まで国際的な価値連鎖の分散が行われるようになってきた。米国のノーベル経済学賞受賞者P.クルーグマン氏は、この価値連鎖の世界的な分解こそが現代の世界貿易の最も重要な事実であるとさえ述べている。

パリ政治学院(IEP)教授のF.ドフェベール氏とJ.L.ミュチエリ氏による共同研究1である、EU15カ国、中東欧8カ国に立地する世界の多国籍企業1万1000社の価値連鎖に関する分析調査によると、中東欧諸国では進出企業1,820社のうち71.6%が組み立て生産分野であるのに対し、西欧のEU15カ国では6割近い企業が営業・販売を中心にR&D、物流、統括本部業務というサービス分野にそれぞれ集中している。しかしながら、製造分野における直接投資について、西欧諸国より中東欧諸国の方がその可能性が大きいとすぐに結論付けるのは正しくない。機能別の直接投資件数を人口比で見ると英国、アイルランド、ベルギーなどの西欧の国々はEU全体の平均を上回っている。それに対してポルトガル、スペイン、イタリアの南欧諸国では平均を下回っている。

【表1 EU における機能別立地件数(1997~2002 年)】

【表1 EU における機能別立地件数(1997~2002 年)】

出所:Décomposition internationale de la chaîne de valeur:Une étude de la localisation des firmes multinationales dans l’ Union européenne élargie par Fabrice Defever et Jean-Louis Mucchielli

<多国籍企業の国別の特徴―販売の欧州、生産の米国、R&D の日本>

西欧のEU15カ国と中東欧のEU加盟国における多国籍企業としての国別立地のシェアは、欧州企業が5,154社で46.1%の第1位、次に北米自由貿易協定(NAFTA)加盟国の米国、カナダの企業が41.7%で第2位、そして日本企業が7.1%で第3位という内訳になっている。

日欧米の企業の価値連鎖の組み合わせの特徴は、おおよそ次のように表現できる。欧州企業は組み立て生産が55.9%と比率が大きく、次いで営業・販売(22.2%)、物流(10.9%)の順となっている。北米企業では営業・販売が36.6%で組み立て生産(35.3%)とほぼ並んでおり、統括本部(11.0%)やR&D(11.2%)にも投資を行っている。また日本企業は組み立て生産(56.8%)に最も重点を置いており、その他は営業・販売(15.5%)、R&D(12.5%)という構成になっている。欧州企業は営業・販売志向組み立て生産型、北米企業は組み立て生産志向営業・販売型、日本企業は営業・R&D志向組み立て生産型というように整理されよう。

【表2 E U における多国籍企業の国別・機能別立地件数(1997~2002 年)】

【表2 E U における多国籍企業の国別・機能別立地件数(1997~2002 年)】

出所:Décomposition internationale de la chaîne de valeur:Une étude de la localisation des firmes multinationales dans l’ Union européenne élargie par Fabrice Defever et Jean-Louis Mucchielli

<「多国籍企業の画一的なグローバル対応はない」~スザンヌ・バーガー氏>

多国籍企業がどのような価値連鎖のパターンを選択するかは、地域経済統合効果に加えて企業の属する産業特性、基本戦略などの複合的な要因によって左右される。欧州、米国、日本の企業の国籍という違いは、果たして国際戦略の違いとなって現れるのであろうか。この点に関して米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)教授のスザンヌ・バーガー氏が行った研究結果が興味深い示唆を与えてくれる。

スザンヌ・バーガー氏が1999~2004 年に世界の500 社を対象に行ったアンケート調査は、日欧米の企業がどのように国際経営戦略を展開しているかを知る上で重要である2。その結果は同氏によれば「グローバル化への挑戦は国籍よりも企業ごとに戦略が違う」という意外にも単純なことであった。

この調査結果は世界の企業による価値連鎖の組み合わせを三つのグループに分類している。第1グループは価値連鎖を世界的・水平的に分散させる企業である。Dell、Cisco Systems、Gap、Nikeなどの企業である。第2グループは価値連鎖を一貫した自前の流れで垂直的に処理する企業である。Intel、Motorola、SAMSUNG、Panasonic、FUJITSU、Siemens、Philipsなどの企業である。第3グループはクラスターや産業集積のネットワークを活用する企業である。例えば米国のSilicon Valley、Harvard、MIT、英国のCambridgeなど大学のある都市に拠点を構える企業である。また、イタリアの眼鏡フレームの生産はベネチアのクラスターが中心となって世界的に展開している。これらの分類は企業取引理論で説明すれば、国際取引を内部化するのか、外部化するのか、あるいは他企業とのネットワーク構築やアライアンスを強化していくのかということに関わっている。

多国籍企業に関する世界初の本格的な調査といわれるこの報告書は、次の四つの企業グループの分類を結論として挙げている。第1は価値連鎖の世界的分散配置を志向する企業である。第2は企業の持つ固有資産、コアコンピタンスなどの経営資源を国の内外においても重視する企業である。第3は労働コストの水準以外に製品1単位当たりの労働コストが上昇し、賃金水準が低いといわれる国でしばしば単位当たりの労働コストが高くなり、本国回帰や第三国移転を実行する企業である。第4は同じ産業であってもグローバル化に対して同じ論理で対応しない企業である。例えばDellとSAMSUNGではパソコンの生産機能を国内に維持するか、海外企業に委託するかという点では正反対であった。

多国籍企業研究の分野でゴーシャル氏とバーレット氏は、興味深い日欧米の経営比較を試みている3。欧州企業はオランダ・イギリスのUnileverのように市場別の適応性に優れた「マルチナショナル戦略」、米国企業はProcter & Gambleのように知識の移転に優位を置く「インターナショナル戦略」、日本企業は花王のように効率性重視で経営を進めようとする「グローバル戦略」がそれぞれ観察されるという。

  1. Décomposition internationale de la chaîne de valeur:Une étude de la localisation des firmes multinationales dans l’ Union européenne élargie par Fabrice Defever et Jean-Louis Mucchielli Presses de Sciences Po Revue économique 2005/6 Vol.56
  2. How We Compete:What Companies Around the World Are Doing to Make it in Today’ s Global Economy(Suzanne Berger,Crown Business)
  3. Managing Across Borders:The Transnational Solution(Christopher A. Bartlett, Sumantra Ghoshal, Harvard Business School Press)

※なお、本稿で述べた意見は全て筆者の私見である。

(執筆者プロフィール)

瀬藤澄彦
パリクラブ(日仏経済交流会)会員
帝京大学教授、諏訪東京理科大学、リヨン・シアンスポ政治大学院(SciencePo Lyon)講師。
早稲田大学法学部卒業後、ジェトロ入会。アルジェ―、モントリオール、パリ、リヨンのジェトロ事務所長、次長。パリ ベルシー仏経済財政省・対外経済関係局・日本顧問。2001年度フランス国家殊勲(オルドル・ナシオナル・ド・メリット)シュバリエ賞受賞。著書多数。

※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信している会員制ウェブサイト「MUFG BizBuddy」に2012年7月3日付で掲載されたものです。

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