レイモン・バールの経済学

  • 2002年4月30日
  • ジェトロ・リオン事務所長 瀬藤澄彦

『レイモン・バールが語る世界経済と日本を見る眼』~ジェトロ進出は市長時代の重要な出来事~

レイモン・バール2002 年 4 月 19 日のフランス大統領選挙戦の終了日、レイモン・バール・フラン ス元首相は、リヨン・パール・ジュー駅に近いバール事務所で快くインタビュー に応じてくれた。以下その内容を紹介する。インタビューワーはジェトロ・リヨ ン事務所長の瀬藤澄彦。

古い歴史の日仏関係の拠点 リヨン

瀬藤 ご多忙中なのに会見に応じていただき有難うございます。

バール ご存知の通り、私はいつも日本がリヨンで重要な役割を担っていくことを願っていました。私の市長時代
におけるジェトロ事務所のリヨン開設というのは大変に重要な出来事でした。瀬藤さんのご着任を歓迎します。

瀬藤 私はパリ・ジェトロや DREE(仏経済財政産業省・対外経済関係局)出向のパリでの経験からもフランスの地方経済をもっと日本人に知らしめる必要があると・・・

バール その通リです。市長の時にリヨンから横浜にミッションが派遣されて、私も一緒に行ってきました。リヨンと横浜は姉妹都市関係にあり、このふたつの都市は 19 世紀末よりの古い関係で結ばれています。

瀬藤 私は横浜市民です。

バール ああそうですか。リヨン交響楽団やリヨン・オペラ歌劇団も日本に出かけて日本の同胞に文化面でもリヨ ンは注目すべき活動をしているということを分かってもらったつもりです。ジェトロ事務所も来るし、ま た日仏委員会や私が中曽根・元首相と議長を務めていた日仏対話フォーラムなどする中で中曽根・前首相 のご出身の県とローヌ・アルプ県との親善提携関係を手がけたりしました。

瀬藤 このほど在日・フランス商工会議所が日仏関係の歴史に関する立派な書物を出版されました。この本の中 でリヨンと横浜の歴史的交流の経緯が詳細に叙述されています。

バール 勿論そうです。リヨンの絹織物産業が危機に陥った時に、リヨンの関係業界は横浜から絹を買い付けまし た。そして日仏間の貿易決済のための銀行がロンドンを経由せずにリヨンに開設されたのです。またマル セーユー横浜間の巡航船ルートもオープンし、われわれが望んでいた絹がマルセーユからリヨンに運ばれ たのです。われわれにとってそれは大変、嬉しいことでした。

瀬藤 この本は日仏2ヶ国語で書かれています。

バール はい、分かります。このアルフレッド・ルッサンのスケッチなど私は本当によく知っている画家の作品です。なぜかと言うと彼は私の生まれ故郷のレユニオン島の有名なデッサンを数多く残しており、私自身も何枚か実は持っています。とにかくこの本を有難う。大いに興味を引きそうな本です。

瀬藤 当時、マルセーユに船旅で上陸した日本人にとりリヨンは避けて通れない重要な場所でした。多くの当時の作家、永井荷風、遠藤周作、それから文化人がリヨンに来てここに滞在したからです。

バール 「その通りです。私の古い友人で元在仏・日本大使の北原さんもリヨンに留学され、当時の若き後のエリオ大統領とも知己になられたりしています。このことを今でも北原氏と私はよく話題にするのです。

瀬藤 この『バール元首相語る』という自伝のような最新書を読ましていただきましたが、フランソワーズ・ジルー女史の言う通り国際的な地方人のあなたにとってリヨンは最終的な目的地なのでしょうか。

バール ウイ

グローバリズムの流れは止められないがルールが必要

瀬藤 経済問題についてですが、まず9・11テロ事件以降、グローバリズムにブレーキがかかってきたと言わ れたりしていますが・・・

バール 私の意見はグローバリズムの流れというのは止められない事実であるということです。それは次の単純な 理由からです。すなわちグローバリズムとは経済活動にとっての世界的情報の氾濫を意味し、そのことは 競争の加速と貿易・投資の拡大に直結していくからです。これらの現象は情報技術の進歩、人工衛星やコ ンピューターとの融合に基づくものです。確かにこれまでの経済の歴史の中でもあったように、重要な技 術進歩があった時や新しい経済の時代がはじまる時には、いつも、それにうまく適応してそれを巧みに利 用する経済と、これらの動きについていけず、結局はこのような流れを批判するようになる経済とが出て くるのです。このような文脈でポルト・アレグルの集会で示された反グローバリズムの動きを理解するこ とができると私は思っている。しかし私見ではこのような動きはグローバリズムという基本的な潮流の流 れの中ではむしろ副次的な現象と言えるでしょう。このことの含蓄はグローバリズムには対する色んな反 応があるということです。グローバリズムが、繁栄し続ける金持ちの先進国と、経済開発が進まず疎外さ れそうな社会的貧困階層を抱える開発途上国との世界的な分裂格差の拡大になっていかないようにしな ければならない。グローバリズムには一定のゲームのルールが必要で、それがまるで熱帯のジャングルの ようなに無秩序な経済社会の世界になってはならないのです。このために先進国は国際機関とともにこの グローバリズムの動向を監視するような強力な政策を打ち出さなければならない。

瀬藤 ある人々はグローバリズムは言わば米国のトロイの木馬のような戦略だと批判していますが。

バール 米国はグローバリズムを巧みに利用しようとしているのです。それは次のような事情によるものです。まず米国は疑いもなく活力ある経済力を持っており、とくに驚異的な情報通信技術を発達させ、さらに忘れてはならいのは世界一の軍事大国であるからです。このことは他の国々も米国と同じような現代の挑戦に立ち向かっていかなければいけないことを示しているのです。我々はいたずらに劣等感ばかりを抱いていてもしようがないのです。

瀬藤 それでは統合欧州というのはこうしたグローバリズムに対する拮抗力であるという風に考えられるのしょうか。

レイモン・バールバール 私は、統一欧州建設の考えは欧州の政治情勢と2つの世界大戦が欧州に残した深い傷跡という2つの要因から生まれてきたものであると考えています。欧州連合の誕生は、加盟国が貿易取引上の障壁を取り除き、 相互に市場を開放し、競争を促進し、生産性を向上さsせてきたから実現したのです。グローバリズムの現段階で顕在化しつつあるのは、国家同士や地域間の連携の動 きです。グローバリズムが国や地域の境界線を消滅させてしま うという考えは間違いで、逆に国や地域の同一性意識を呼び起 こし、それぞれいかにしてそれぞれの特色を維持しながらグロ ーバリズムに適応しようと努力しているのです。欧州連合の統 合プロセスというのは、メルコスールや北米自由貿易連合など の地域統合の動きに見られるのと同じようにグローバリズムの 現象と関係しているわけです。しかし欧州の地域的な連帯の動きは決して世界のグローバリズムの波から 自己防御するための要塞などと勘違いしないで下さい。

通貨統合と東方拡大について

瀬藤 欧州統合は欧州合衆国、あるいは連邦制からなる欧州連邦という方向に向かって行くとお考えですか。

バール それは大変難しい質問です。欧州の事情は米国合衆国とは大分、違います。連邦制の米国合衆国はまったく白紙の状態だった北米大陸の上にその政治制度を作り上げた訳ですが、欧州の統合はすでにそれぞれ古い歴史的な伝統と個性を持った国々によってなされようとしています。すでに欧州連合を実現するために大変な努力をし、これからさらに首尾一貫とした統合と欧州の団結に向かって作業することを要請されている訳です。現段階では統合欧州が連邦制かそうでないかを論じるのは時期尚早かと思います。

瀬藤 単一通貨ユーロが導入されましたが、経済通貨統合は米国のノーベル経済学者ロバート・マンデルが最適通貨圏理論として指摘するような域内の労働力・資本などの生産要素の自由移動が実現しない段階では、片肺飛行の統合と言えるのでしょうか。

バール 私は 30 年間、通貨同盟の発足と単一通貨ユーロの創設に携わってきました。何故、我々はそうしたのか。それは単一通貨なしの単一市場というのはあり得ないからです。もしいつまでも各国通貨が存続していくと、為替レートは切り上げられたり、切り下げられたりし続けることになっていたでしょう。さらにそれは関税を再び賦課したり、輸入割当をも設けたりすることにつながったでしょう。それぞれ異なった通貨 の下でどうやって共通農業価格による欧州農業共同市場を運営していけると思いますか。理論的には通貨 為替の安定、それから通貨同盟、そしてユーロの創設という流れです。ユーロの有効性、正当性を経済理 論の面から論じることができます。私のこの点に関する立場は大変、はっきりしていております。すなわ ちユーロはすでに現実に存在しているということです。ある人はユーロは流通することは不可能だろうと言ったりしてきましたが、ユーロは現に存在しユーロ導入国では統一通貨にうまく順応できています。私はこのことこそ成功の証だと思います。

瀬藤 単一通貨導入とともに東欧諸国の EU 加盟も視野に入ってきました。これらの国々はいわゆるアキ・コミュノテール(加盟基準)も十分に達成できていないところが多い。欧州連合の現加盟国のこれまでの成果 がこのような新規加盟によって損なわれるようなことはないのでしょうか。

バール 「欧州統合は旧ソ連圏にあった国々の境界線のところでとどまるものではありませんでした。これら東欧 諸国は民主主義と市場経済と社会的進歩の象徴である西欧と一緒になりたいと願ったのです。EU 拡大を 拒否することは国際政治の観点からも不可能でした。今後、大事なことは拡大を性急に進めてはならない のです。加盟申請国が適合させなければいけない EU の運営ルールというものがあるからです。時間もか かることだろう。かつては 2000 年には拡大は達成できるだろうとも言われていました。すでに今年は 2002 年ですが、2005 年とか 2006 年以前に拡大が実現するとは考えられない。なぜならいくつかの東 欧諸国はいまだにEU加盟条件達成に見合った適応の努力を十分に払っていないからです。EUはOECD ではありません。EU は原則とルールを持ち、そのルールが遵守されない時には制裁措置もあるというひとつの組織体です。加盟申請国はこのことをよく理解しなければならない。拡大には勿論、賛成ですが、それは無条件で、なにがなんでもいいから加盟拡大ということでは決してありません。

瀬藤 ジスカール・デスタン元大統領が議長になった諮問会議が長期的な展望を提示することになっているのですね。/p>

バール 諮問会議の目的は、欧州の将来、なかんずくこの欧州経済統合の運営していく制度を再構築するための審議をおこなうことです。1950 年代にさかのぼる組織の意思決定のシステムをこれからも維持していくことはできません。私は今から諮問会議が加盟国政府に受け入れられる提案を提出し、諮問会議の結論が拡大欧州の将来にも前向きで建設的になることを願っています。

フランスと欧州の経済政策に矛盾はない

瀬藤 ところで EU の加盟各国、とくにフランスなどの経済政策などは欧州連合の経済政策の選択と合致しているのでしょうか。

バール フランスの経済政策は欧州連合が要請している基準を遵守す るように努力してきました。ご存知の通り、1997年にはフランスの社会党等の複数左翼内閣もアムステルダム協定の決定 事項を守り、とくに均衡ある財政収支の基準を達成するように努めてきたところです。勿論、難しい局面も時々、あります。ドイツは予算を早期に均衡させるのに苦労していますが、加盟国はみんな事の重大さを認識しています。柔軟な考え方がある程度、必要です。だからと言って、約束事を否定していいと言うことではありません。フランスの経済近 代化や貿易障壁の除去、あるいは企業の生産性の上昇に、欧州共同体と欧州連合が大きなテコになったのです。今後もフランスが欧州連合の決めるルールを守って行くことを望んでいます。

瀬藤それでもフランスの経済政策が多少なりとも EU の政策とのずれが、週 35 時間労働制の例に見るようにあるのではありませんか。

バール 私はフランスの政策が欧州連合の取り決めに矛盾しているとは思いません。欧州連合は労働時間に関してルールを決めたりはしていません。フランスにとって問題なのは、35時間制を導入してながら、どうやって生産性を維持していくかです。私は35時間制に賛成ではありませんが、それがフランスの EU 加盟 とは矛盾するとは思いません。

世界3極のひとつとしての日本に変化はない

レイモン・バール瀬藤 欧州の経済政策の順調な展開に比較して、日本の経済政策は予期されたような成果を上げるに至っていません。日本政府にどのようなアドバイスをして頂けるでしょうか。

バール 日本はここ10年、主に金融バブルの破産に端を発した経済成長の減速を経験してきました。銀行の不良債権と金融システムが現在、日本経済の再建にとって障害になっていることは確かです。この点、日本経済はかつてのフランス経済のように経済構造が硬直化している。今ほど経済システムや労働市場の柔軟性によって経済の構造改革を進めていかなければいけない時はありません。しかし私は日本はそれに適応すると信じている。日本は自分の速度で、自分のやり方でそれを行っているのです。多分、他の国より時間がかかるかもしれないけれども、私は、その生産性と企業には有難い研究開発によって日本は経済大国であり続けることでしょう。小泉首相が約束したように、不良債権の処理を早期に進めて経済構造改革が成果を収めることを期待しています。

瀬藤 日米欧という3極構造に変化はないと・・・

バール 世界3極システムという概念はその通りだと思います。米国と欧州と日本との間には、諸問題に対する解決策を見つけるために定例の連絡、意見交換、交流の場が必要です。将来においても、日米欧3極委員会が無用になるなどとは思われません。

瀬藤 従ってリヨンはこのような3極の対話のための拠点であると・・・

国際都市リヨンとジェトロ

バール 私は、ローマ帝国時代以来からの長い歴史を誇るリヨン市がフランスと欧州の中で活発な役割を担い、一大国際都市になることを強く望んでいます。

瀬藤 アスペン国際会議が企業統治をテーマにシンポジウムをリヨンで開催しています。

バール この会合には出ませんが、その後の会合に出ます。

瀬藤 ジェトロ・リヨンについて。

バール 日仏間の経済貿易問題などの討議には今後もできる限りことをしていきたいし、ジェトロ・リヨンを全面的に支援していきますことをお約束します。

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