- 2012年2月25日
- パリクラブ通信 瀬藤澄彦
概要
欧米日の多国籍企業による工場の海外移転や外国企業の合併・買収などが一段と活発化し、中国、インドなどの新興国企業もこの動きに加わってきた。こうした中、多国籍企業には本社と海外子会社の関係をこれまで以上に戦略的観点から考えていくことが求められる。それは同時に、企業経営における戦略と組織の関わり合いの再考を迫るものでもある。
<日本企業と欧州企業の国際経営の差異>
米国の経営史学者A.チャンドラー氏(Alfred Chandler)の命題に従って「環境-戦略-組織」というベクトルの流れに沿う形で「国際事業部-職能別組織-自律的事業部制」という段階論に代わり、経営者の能動的な環境操作や戦略策定の必要性もだんだん重視されるようになってきた。これはここ数年、世界的な現象である製品やサービスのコモディティ化の流れを受けて、競争優位の喪失を体験した先進国企業などが外部環境重視の戦略論から次第に企業内部の組織構造の在り方や経営者の能動的な意思決定を再評価する動きに向かい始めたからである。経営組織構造の在り方が戦略論に影響を及ぼし、それが競争優位に貢献するというこれまでとは逆方向の思考である。この考え方では状況に応じた選択的アプローチ、状況と組織との相互作用、多元的な適応などの企業内コンピタンスが重視される。
その意味で、ファーストリテイリングが海外での「ユニクロ」事業拡大のために2012年から米国、中国など世界5地域において従業員管理や店舗開発を各地に任せる地域本部体制に移行するとしたのは注目される。2015年度には海外と国内の社員数は逆転さえするという、まさに欧州型と日本型が合わさったグローバル・ハイブリッド企業の台頭である1。ここには経営者の強い意志が感じられる。
日本企業同様、多くの欧米企業においても生産拠点の移転を伴った海外進出の動きが急である。そこでは今、企業のグローバル経営の在り方が厳しく問われている。フランスの自動車メーカー・ルノーは2012年2月、モロッコのタンジール工場を竣工(しゅんこう)したが、産業空洞化に直結するとして、この工場移転には与野党からも反対の声が上がった。しかし同社のゴーン社長は経営戦略上、正しい判断であると反論した。一方、日本では例えば自動車メーカーが中国などに進出すると決定しても反対運動は発生しない。キヤノンは今年1月、最新鋭のトナーカートリッジの無人化工場をオランダに新設し、オランダを欧州戦略の拠点にすることを決定した。
- 日本経済新聞 2011 年12 月29 日付
この二つの事例は、多国籍企業としての本社と子会社の関係に関する考えの違いが欧州企業と日本企業の間に横たわっていることを感じさせる。欧州では一企業の子会社といえども内外の関連するステークホールダーの意見や批判があるのに対して、日本では海外子会社に関する決定は当該企業のグローバル経営戦略の一環であり、外部からの批判などはほとんど考えられない。ブラジルにおけるフランスの流通業界の上位2社、カルフールとカジノによる現地企業の支配権争奪の係争も日本企業では考えにくい。このように日本と欧州の企業とでは、多国籍企業としての国際経営の在り方が大きく違う。
<本社と海外子会社の関係に三つの多国籍企業経営モデル>
国連貿易開発会議(UNCTAD)の最新の年次報告2によれば、世界の多国籍企業の総生産額16兆ドルは世界のGDPの4分の1、その海外子会社の貿易額6兆ドルは世界貿易(総輸出)の約3分の1を占める。7万9000社に上る世界の多国籍企業は79万の海外子会社を張り巡らせ、最適な配置を目指して内部化やアウトソーシングによって世界的なネットワーク網を形成している。その戦略的な決定を行っているのは通常、母国の本社であるが、本社と子会社の統合された関係がその企業の国際競争優位に直結している。
クリストファー・A・バートレット氏(Christopher A.Bartlett)は、経営組織は「歴史的遺産」(heritage)によって影響を受けるとの学説を発表した3。多国籍企業は最初の海外進出時の条件をその後も反映し続けるという。欧米日では今日でも明らかに、本社と海外子会社の関係に三つの多国籍企業経営モデルの違いが認められる(図1)。
【図1 本社と海外子会社の3モデル】
出所:「Strategic management」(Philip Sadler 著)を基に筆者作成
第1の欧州型多国籍企業モデルの例として、現在でもユニリーバ(英蘭系)、ロイヤル・ダッチ・シェル(英蘭系)、フィリップス(オランダ)などの組織構造は欧州の植民地帝国主義時代に構築されたものが原型となっている。19世紀後半には輸送や通信が未発達でグローバルな統合には至らず、それぞれの海外子会社は進出先の市場に適合した自己完結型の孤立した組織であった。こうして非集権的な分権組織の連邦型の本社―海外子会社ネットワークが一般化した。これは「DecentralisedFederation」と呼ばれている。
第2の米国型の多国籍企業モデルにおいては、海外子会社は基本的には米国本社の開発する技術や新製品に依存する経営組織となっている。海外子会社は自治権を有するが、資本や基礎技術は米国親会社に依存する。例えばフォードはドイツ、英国、オーストラリアでそれぞれの国に適したモデル車を開発し製造してきた。これはグローバルに調整された「Coordinated Federation」と呼ばれている。
第3は日本型のグローバル多国籍企業モデルである。ホンダ、トヨタ、YKK、パナソニックなどの企業で見られるのが典型的な例で、世界全体の統合を考えた製品開発や生産体制、中央集権的なハブ構造の支配的なモデルである。日本企業は1980年代以降に諸外国の輸入制限政策に対抗するために、いわば受動的に進出したという意味で「Reluctant Multinational」と呼ばれたりしている。日本企業はグローバル統合によってメリットを享受できる貿易財分野、すなわち家電、自動車、複写機、カメラ、造船などの産業の海外企業経営でこれらを成功させた。しかし、ローカル適応が必要なサービス、小売、化粧、衣類などの産業ではこれまで十分な成功を遂げてこなかった4。
【表1 多国籍企業の組織構造】
出所:「グローバル企業の組織設計」(ジェイ・R・ガルブレイス著、春秋社)
※ホルダーバンクは2001年、ホルシムに社名変更。ABBは1988年、スウェーデンのアセアとスイスのボベリの合併により誕生。
<「Think global, act local」>
バートレット氏によれば、21世紀のグローバル経営の鍵を握っているのは、欧州型の分権的連邦モデルと日本型の中央集権的モデルの長所を統合させることである。ならば米国型の中間的な組織かと言えば、米国企業のように国内市場の規模が欧州や日本と比べてはるかに大きい条件下では、本社の国際事業部がこの両モデルを調整するような形で存在するといわれる。これは広い意味でのマトリックス・モデル組織ともいわれるが、世界的な統合を常に意識し、同時に事業の現場では進出先国のニーズを考えた製品開発を実行するという意味「Think global, act local」という有名なフレーズも生まれた。しかし、フランスのG.ブラン氏(George Blanc)とM.クレマデズ氏(Michel Cremadez)によれば5、世界の多国籍企業のたった5%の企業しかこのようなマトリックス方式を採用していないとされ、フランスではシュネデールがこれに該当するといわれる。またフィンランドのノキアのように、自国の優位性を超えてグローバル規模の優位性のために世界中のナレッジを活用する経営モデルがメタナショナル(Metanational)と呼ばれる多国籍企業モデルとして話題になった6。
バートレット氏による経営組織は海外進出時に「歴史的な」影響を受けるという考え方と近いのが、H.パールミュッター氏(H.Perlmutter)による多国籍企業の本社・子会社四つの経営組織モデル論である。本社中心主義のエスノセントリック・モデル、海外子会社の自由裁量の大きいポリセントリック・モデル、本社・子会社が一つのネットワークとして協力し合うジオセントリック・モデル、そして世界における幾つかの地域総括本部によるレジオセントリック・モデルがある。これらのモデルは過去の歴史的な「遺産」から解き放たれた、むしろ海外子会社の自由裁量性によって類型化されたモデルである。この類型では、同じ欧州企業でもフランスの企業はエスノセントリック型に属する企業が多く、例えばオランダのユニリーバのような企業はジオセントリック型であり、企業の属する国の経済規模がその違いを生んでいる。
フランス企業も、海外子会社は本社との関係で非集権的な自立完結型の組織である欧州型多国籍企業モデルに属するという上述のモデルは、日本に進出しているフランス企業においてもその例が確認される。今年1月31日、在日フランス商工会議所が主催した「フレンチビジネス大賞2012」に選出されたフランス企業の日本子会社5社(ダノンジャパン、ロクシタンジャポン、GLS(グラムール セールス)JAPAN、プジョー・シトロエン・ジャポン、エムシードゥコー)は、ロクシタンを除いていずれもフランス人がトップで本国からの派遣駐在員が経営責任を持つエスノセントリック・モデルであるが、同時に本社から権限を大幅委譲されている分権的連邦モデルでもあると観察される。
米国のD.ミラー氏(Danny Miller)はチャンドラー氏とは逆に経営組織構造の違いによって経営戦略スタイルが変わってくることを四つのモデルで示している。すなわち、単純な組織はマーケティング手法による差異化戦略、機械的な官僚的組織はコスト・リーダーシップ型戦略、タスクフォース的特別組織はイノベーション型の差異化戦略、分割型組織はコングロマリット的多角戦略を、それぞれ育むことが指摘されている7。従って、これまでのように戦略だけが組織構造に影響を与えるという考えを改めなければならない。いわば組織そのものが実は戦略に影響するものであるという認識である。海外における多国籍企業経営においても、戦略と組織の関係を再考することが必要となってきた。
- 日本経済新聞 2011年12月29日付
- 国連貿易開発会議(UNCTAD)2011 年次報告
- 「MANAGING ACROSS BORDERS」Christopher A.Bartlett、Sumantra Ghoshal 共著、Harvard
Business School Press - 「Strategic management」Philip Sadler 著、MBA masterclass London and Sterling VA P.211
- Strategor 3e Editon DUNOD
- TC Venture Global Management Program Chapter 2 P.46
- ECONOMIE D’ENTREPRISE Olivier Torrès-Blay Economica 2000 P.187
※なお、本稿で述べた意見は全て筆者の私見である。
(執筆者プロフィール)
瀬藤澄彦
パリクラブ(日仏経済交流会)会員
諏訪東京理科大学、リヨン・シアンスポ政治大学院(SciencePo Lyon)講師。
早稲田大学法学部卒業後、ジェトロ入会。アルジェ―、モントリオール、パリ、リヨンのジェトロ事務所長、次長。パリ ベルシー仏経済財政省・対外経済関係局・日本顧問。2001年度フランス国家殊勲(オルドル・ナシオナル・ド・メリット)シュバリエ賞受賞。著書多数。
※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信している会員制ウェブサイト「MUFG BizBuddy」に2012年3月7日付で掲載されたものです。