「アフリカ徒然草」( AU代表部員によるアフリカに因んだエッセイ)

第12回 アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)

●アフリカ経済は外部に大きく依存
前回は、アフリカ産の様々な資源や食料が日本に輸入される例を紹介した。今回は、アフリカ大陸の貿易と経済統合について見ていきたい。
アフリカは、大陸全体で見れば、資源が豊かで、13億の人口を有し(しかも増加中)、約3.5兆ドルのGDPを計上する一大市場である。然るに、国連貿易開発会議(UNCTAD)の報告書(The Economic Development in Africa Report 2019)によれば、アフリカ内の輸出の割合は、2017年で16.6%。これは、欧州の6 8.1%、アジアの59.4%、アメリカの55.0%と比べて極端に少ない(因みに、オセアニアは7.0%で最低値)。更に、アフリカ内の輸出入(双方向の貿易量)でみると、僅か2%である。これは、米国(47%)、アジア(61%)、欧州(67%)とは比べものにならない値であり、オセアニア(7%)よりもずっと低い。
すなわち、アフリカ経済は、欧米、アジアといった、外部の経済力に完全に頼り切った構図になっている。これは、アフリカ内の資源の効果的活用ができておらず、また、外部の情勢や力学に大きく左右されうる脆弱な体質を意味する。

●世界最大級の自由貿易圏の創設
AUのアジェンダ2063が掲げる15の旗艦プロジェクトの中に、「アフリカ大陸自由貿易圏(African Continental Free Trade Area:AfCFTA)の創設」がある。最後の「A」は「Agreement」と表記されることもあるが、正式名称は「Area」である。どちらでも趣旨としては同じで、要するに、アフリカ大陸規模での自由貿易圏(area)を創設するための協定(agreement)をまとめ上げ、大陸内の自由貿易を実現させるのが目標。人口と経済規模では、2020年11月に署名された「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」(15か国で世界の人口とGDPの30%を占める)や「環太平洋連携協定(TPP)」(11か国で世界GDPの13%を占める)には敵わないが、加盟国の数では世界最多であり、その観点も含めると、世界最大規模の地域間貿易協定(Regional Trade Agreement:RTA)の1つと言える。2018年のAU特別総会でAfCFTA設立協定に署名がなされ、翌19年5月30日に発効した。

2020年のAU議長であり、同年にAfCFTAに関する特別総会を主催した南アのラマポーザ大統領は、「大陸の進化における新時代の最先端、真摯に努力し目指してきた瞬間がついに到来。我々はどれだけ遠くまで到達したか。素晴らしい誇りに満たされている。」と述べた。世銀は、AfCFTAがもたらす所得上昇に伴い、3000万人が極貧から、そして6800万人が貧困から抜け出すと分析している。
AfCFTA下での貿易は、2021年1月1日に開始。コロナ禍のため半年遅れたとはいえ、ここまで一気に持ってきたアフリカの首脳たちの政治的関与は物凄いものがある。

●アフリカ内貿易の活性化
冒頭に述べたとおり、潜在能力がある一方で、アフリカ内貿易は活発ではない。コロナ禍でアフリカの経済が大打撃を受けた中、AfCFTAの推進にも暗雲が立ち込めたように思われた。しかし、アフリカ大陸では、このピンチはむしろチャンスであるとの論調が主流となった。コロナ対策キットのマスクや個人防護服(PPE)をいつまでも外国からの輸入に頼る必要があるのか。ワクチンの製造もアフリカ自身でできるのではないか。外国からの支援に依存せず、大陸内の幾つかの生産拠点でこれらを生産し、アフリカ内で供給し合う方が圧倒的に有利だろう。AfCFTAは、アフリカ内貿易を活性化するために必要不可欠な道具となった。
AfCFTA下では、加盟主体は、経済発展度合いに応じ、開発途上国、後発開発途上国、特別な扱いが必要な国、に分類される。開発途上国は、①タリフライン90% は5年、②センシティブ品目7%は10年で関税撤廃、③残りの3%を非対象品目とすることができる。後発発展途上国は、①は10年、②は13年、③は同様と し、特別な扱いが必要な国は、①が15年となるのを含め、より譲許的な条件が課せられている。
AfCFTAを管理運営するための事務局がガーナの首都アクラに設置され、2020年2月のAU総会で、南アフリカ出身のワムケレ・メネ氏が初代事務局長に選出された。メネ氏は、スイスのジュネーブにある世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)の南ア代表大使を務めた貿易のプロである。この事務局長の椅子を巡ってアフリカ内で熾烈な競争が行われたのだが、いかにこのポストが重視されているかが伺える。

●課題も山積
アフリカの政治指導者たちの強い意思により合意、運用開始となったAfCFTAだが、実際には全ての交渉が妥結している訳ではない。ルールの交渉は2段階に分かれ、第1フェーズでは、物品譲許表、サービス約束表、紛争解決機能に関する交渉が行われ、ほぼ議論は終結したと言われているが、譲許表1つをとっても完全に調整ができていない。また、原産地規則の問題も難航しているようである。競争政策、投資、知的財産権を扱う第2フェーズがいつ開始するかよく分からない。更に、電子商取引を含む第3フェーズをどうするのか、といった実際的な課題については、走りながら検討している状況だ。
また、投資家が国家を相手取って申し立てることを可能とするISDS条項は含まれておらず、二国間投資協定を個別に締結していなければ、投資家のインセンティブを維持できるのか、疑問が残る。
ルール以外の障壁も無視できない。例えば、国や地域の情勢不安である。また、インフラ整備の欠如による輸送コストの負担。更に、貿易業務に携わる政府当局関係者の能力構築が挙げられる。更に、貿易とは、国境を超えた取引であるが、国境を通過する際の通関手続き等で長時間を要し、必要な書類の準備や認可が複雑であれば、実際問題として貿易は滞ってしまう。窓口を一本化して、手続きを効率化し、これに携わる行政官の能力強化を行うことが必要だ。日本は、「ワン・ストップ・ボーダー・ポスト(OSBP)」の導入を支援している。
「ルールも完成しておらず、実施においても不完全な状況下で、よくも開始したな」と感心したり、驚いたりする向きもあるだろう。しかし、この歩きながら(走りながら)進めていくのが、まさにアフリカ式である。2021年1月の運用開始は、象徴的なものでしかないとも言えるが、アフリカの統合に向けた大きな一歩であることは間違いない。千里の道も一歩から。まず踏み出すことの重要性をアフリカが教えてくれている。

●地域単位での統合プロセスとの調整
AUは、アフリカ大陸を、東・西・南・北・中部の5つの地域に便宜上分割している。例えばアフリカ全体の議論を行う際に、効率性の観点から、55の全メンバーを集めずに、各地域の代表だけで集まることが良くある。AU内には、所掌分野毎に5地域の代表から成る小委員会が設けられており、実質的な意思決定や提言がまとめられる。また、例えば重要な会議の開催地を決定する際にも、昨年は東部の国で開催したので、今年は西部、来年は南部、というように、ローテーションを組んで、地域間の機会の公平性を確保し、バランスを取っている。

アフリカの統合は、大陸全体で1つのアフリカを実現する動きと、地域毎にそれぞれが統合を進める動きの2段階構成で進められている。AUが認定した地域毎の機関は8つ。5地域で8機関とは、計算が合わない(2つの地域機関に加盟する国がある)のだが、そう決まっている。この地域機関は、「地域経済共同体(Regional Economic Communities)」と言い、略して「レックス(RECs)」と呼んでいる。 RECsの他に、「地域メカニズム(Regional Mechanisms(RMs)」というのもあり、まとめて「RECs/RMs」と表記されることもある。細かいことを書き出すと長くなるので、別途の回に譲りたい。例えば西部アフリカは「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」、南部アフリカは「南部アフリカ開発共同体(SADC)」等が RECsの例である。
RECs毎に、経済統合も進めており、RECs内での関税同盟が存在したりするが、その進捗度はまちまちである。速度の異なる地域(RECs)の統合過程と、大陸の統合戦略をどのように調整するかもAfCFTAの課題の1つである。

●アフリカ外部との貿易の強化も視野に/日本にとってのメリット
地域間貿易協定(RTA)は、本来、その地域内での貿易において、関税を自由化し、域内貿易の活性化を目指すものである。よって、(アフリカ規模の RTAである)AfCFTAは、アフリカ内貿易の強化に繋がると説明される。しかし同時に、アフリカとその他の地域の貿易や投資を促進するものでなければ、その効果は半減する。
グローバル化が進み、世界経済はあらゆる部分で連結している。これは紛れもない事実である。アフリカがFTAで経済統合を進めることは、世界経済の主要な主体の1つとして、多角的貿易体制に組み込まれていく不可逆的な流れに乗ることを意味する。よって、アフリカとその他の地域の関係がウィン・ウィンでなければ、AfCFTAは成功しない。自由貿易圏は、圏外との間に高く分厚い壁を作るためのものではない。
日本の企業が他国の企業と提携し、アフリカのとある国に投資をして、商品を製造し、大陸内で販売する時、日本企業もアフリカも自由貿易の恩恵を受けることができる。AfCFTAが外国投資を呼び込む魅力となれば、奏功したことになる。
なお、パンデミックで多くの国がロックダウンし、物理的な輸送が停滞したことは、アフリカに限ったことではなかった。しかし、サービス分野はどうだろう。特に、インターネットを使った電子商取引の利用価値がこれ程までに重視され、恩恵を感じたことはなかったのではないか。AfCFTAについても、(DXの回で書いたとおり)アフリカの若いデジタル・ネイティブ世代がここでも活躍する機会が大いに

ある筈だ。また日本はこの分野でこそ、アフリカと連携を更に強化することができると信じている。

(AU代森本)

(本エッセイは、AU代表部員個人の見解を記したものであり、必ずしも当代表部または日本政府の立場を反映したものではありません。)

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(AfCFTAは AU 旗艦プロジェクトの 1 つ。AfCFTA事務局長就任挨拶をするワムケレ・メネ氏)

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