「アフリカ徒然草」( AU代表部員によるアフリカに因んだエッセイ)

第10回 アフリカにおけるデジタル・トランスフォーメーション

●データは「21世紀の石油」と言われる程、我々の生活や仕事におけるデータの収集、活用の重要性が増している。コロナ禍のため、自宅で過ごす時間が増えたこともあり、インターネットで映画や動画を観たり、オンライン会議の機会も増えた。流通するデータの中でも、ネット動画の割合が増えてきているようだ。
世界中で作られるデータの量は、2000年から20年間で約1万倍増加し、59兆GBもあるそうだ。と言われても、感覚として把握できないため、正直ピンとこない。これは、文字言語にすると、ホモ・サピエンスが誕生してから現在までの全ての人間(1100億人)が話した言語量の1万8000倍になる。会話量が途方もない。この勢いで日刊紙の紙面に文字を書いていくと、たったの23秒で日本の国土がその紙で埋め尽くされる、という凄い計算をした人がいる。
データをフローの観点で見てみると、世界の流通量は、2021年予測値で2780億GB/月、過去40年で170億倍に増えたそうだ。このうちの6割を動画が占めるらしい。

●世界のデータ流通量は、2016年の統計では、北米、アジア太平洋でそれぞれ35%生成され、西欧で15%生成されている。これだけで既に世界の85%になる。一方、中東・アフリカは3%と最小値。2021年推定値では、アジア太平洋とアフリカが伸びて、それぞれ39%と6%となる。アフリカは、割合こそ小さいが、5年で倍増している。

●コロナ禍で、世界は多くのことを失った。しかし、したたかな人類は、失うだけではなく、様々な機会を生み出したのだと思う。デジタル変革(DX)は、ある意味、パンデミック状況下においてこそ、その価値と利益を最大化することができているのかもしれない。例えば、2021年1月に運用を開始した、アフリカ大陸規模の自由貿易(AfCFTA)を促進することにもなるだろう。自由なデータ・フローとセキュリティの両立をどうするか、が1つの問題である。世界貿易機関(WTO)では、日本が中心となって、デジタル経済(電子商取引)の議論をリードしている。このように、貿易におけるDX関連のルール作りも進んでいる。

●マサイは既にモバイル&キャッシュレス?!
ケニアのマサイの人たちの中には、携帯電話で牛の売買取引をする人がいるという。その代金は、銀行口座を通さずに支払われる。金融技術サービス(fintech)は、既にアフリカで大きな役割を果たしている。ケニアでは、全ての電子決済の70%がM-Pesa(エムペサ)と呼ばれるモバイル・マネー・アプリを介して処理されている。2020年だけで、470億ドルの送金が行われた。
エチオピアでも、電子決済の導入が始まっており、その勧誘が筆者のスマホにもSMSで送られてくる。テレビCMでは、シートベルトをしていなかった運転手が警察に路上で止められ、違反切符を切られて、その場でスマホで罰金を支払うシーンが流される。この度、エチオピアのモバイル市場を獲得した日系企業を含む外国共同事業者もこの分野に参入する予定だ。大いに期待している。
更に、南部・西部アフリカでは、ビットコインの活用が盛んになっている。

●アフリカで増大するモバイルマネー
国連アフリカ経済委員会(UNECA)の報告によれば、アフリカには約4億のモバイルマネー・アカウントと、3億5000万の金融テクノロジー・サービス顧客がいる。モバイルマネー取引は、アフリカのGDPの10%を占めている。割合だけでいくと、アジアは7%、その他の地域は2%未満である。また、アフリカは、世界のモバイルマネー取引の60%を占めていると推定されていて、その額は4500億ドル(2019年)。

●IT関連スタートアップ事業の躍進
アフリカのIT関連のスタートアップ(SU)事業は年々増大している。2017年総計でアフリカのSUの資金調達額は、上位3位までの合計で4.3億ドル。トップ5は、上から南ア、ケニア、ナイジェリア、エジプト、ルワンダ。ルワンダは、2000年に策定した「VISION2020」において、IT立国を宣言している。

●政治、社会面でのDXの役割
DXの影響は、経済分野だけではない。アフリカの民主化プロセスにおいて、主にソーシャル・メディアに代表されるデジタル・プラットフォームが重要な役割を担うことがある。アフリカにも影響を及ぼした2011年のアラブの春は、SNSを通じて準備され、実現に至った。他方で、歪められた事実、あるいは事実の一部のみを都合良く切り取ったことが社会に与える影響については、弊害も指摘されている。SNSを含むメディア等の情報の受け手の側の意識改革も必要だ。

●アフリカならではの課題
以上、希望に満ちた話に聞こえるかもしれないが、現実は楽観できることだけではない。特にアフリカでは、アクセスの欠如、価格の高騰、接続性の格差の問題がある。また、2020年版のUNECAの報告書によると、コロナ禍でロックダウンが大陸の各地で行われたため、約2億5000万人のアフリカの小・中学性が一時的に教育を受けられなくなっている。これは非常に残念なことだ。デジタル化の過程では、アナログからの脱脚や共存のあり方について、苦悩する段階や世代がある。その一方で、アフリカの多くはアナログの完全な浸透を経ずにデジタル化が進んでいるため、そういった葛藤がむしろない。技術は途中のプロセスを飛び越える「蛙跳び(leapfrog)」が可能であるため、現在のアフリカは、むしろ有利な立場なのかもしれない。しかし、例えば、デリバリー・サービスがデジタルで連携できても、配送員が地図を読めなければ意味がない。ユーザーのリテラシー向上は必須である。

●非公式経済とDX
DXとモバイル文化は密接に関係している。アフリカでは、自身の住所や銀行口座を持たず、非公式経済分野に従事する人口が多い。そういうコミュニティに先進国のビジネスモデルや生活インフラの発展をそのまま当てはめることはできない。むしろ、携帯電話とモバイルマネーのアプリだけでビジネスが成立する。
因みに、仮想通貨取引所Lunoの発表によると、南アフリカのビットコインの人口あたりの保有率は推定15%で、世界第2位だそうだ。更に、年代で見ると、29歳以下の若者が全体の40%を占め、男女比だと女性が35%となっている。

●AUのDX戦略
アフリカ連合(AU)は、「アフリカのためのデジタル変革戦略(TheDigitalTransformationStrategyforAfrica(2020-2030))」を策定している。その冒頭で、アフリカの若い人口構造に光を当て、DXは、革新的、包摂的そして持続可能な成長の原動力と定義付けている。そしてそれが、雇用、貧困対策、不平等の削減、物品とサービスの流通の促進、更には、アジェンダ2063とSDGsの達成に繋がると明言している。この戦略では、分野毎に、問題の所在を特定し、それに対する政策提言と採るべき行動の提示がなされている。

●DXは、アフリカの若者と女性たちの能力を最大限に引き出す最大の梃子(てこ)となり得る。留意すべきは、アフリカの特性を十分認識しなければ成功しない点である。日本や欧米の、いわゆる先進国型のソリューションをそのままアフリカに持ち込んでも失敗する可能性がある。まずはパイロット・プロジェクト的な実証実験を繰り返しながら、手応えを確かめていく必要があるだろう。
もう一度言おう、楽な道ではない。しかし、これからは、ITネイティブなアフリカの若者たちが成長株のこの分野でアフリカ経済を牽引することを期待したい。
少なくとも筆者は、この分野では彼らに大きく遅れを取っており、できれば蛙跳びして追いつきたいと願っている。

(AU代森本)

(本エッセイは、AU代表部員個人の見解を記したものであり、必ずしも当代表部または日本政府の立場を反映したものではありません。)

(AUのDX戦略について開催された担当閣僚会合(2019年10月)。AUホームページより)

(若者を中心としたコロナ対策における4本柱の中で、デジタル技能訓練の必要性が2番目に位置づけられている。AUホームページより。)

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