「アフリカ徒然草」( AU代表部員によるアフリカに因んだエッセイ)

第9回 AUの年間テーマ

年間テーマの変遷からみるAUの戦略的取組
今回は、AUの年間テーマを紹介したい。過去10年のテーマを書き連ねてみた。まず気がつくのは、女性と若者のエンパワーメントである。開発や成長を持続させるためには、将来を担う若者や、これまでその分野において必ずしも正当な評価がなされていない女性をしっかりと社会のメカニズムに組み込んで、その能力を最大限に引き出すことが重要。多くの若い人口を有するアフリカ、そしてその人口の約半分を占める女性の活躍が促進されれば、アフリカの未来は間違いなく明るい。その一方で、アフリカの負の部分にも焦点が当てられている。紛争、避難民、人権、汚職。現在の問題としての対応と、将来の再発に向けた予防。平和と安定は、開発の前提条件である。
また、アフリカ内貿易の促進や、農業の転換にも焦点が当てられている。農業の産業化、貿易・投資の促進を大陸規模で実施することで、アフリカの経済的統合が進む。

(過去10年間のAU年間テーマ)
・2011年持続的開発のための若者強化(エンパワーメント)の加速。
・2012年アフリカ内貿易の促進。
・2013年汎アフリカ主義とアフリカのルネサンス。
・2014年包摂的成長と持続可能な開発のための機会の連携を通じた、共有された反映と生計の向上のための、アフリカの農業の転換。
・2015年アフリカのアジェンダ2063に向けた、女性強化(エンパワーメント)の1年。
・2016年女性の権利に特に焦点を当てた、アフリカ人権年。
・2017年若者への投資を通じた、人口増との連携。
・2018年汚職との戦いでの勝利:アフリカの転換における持続可能な道程。
・2019年難民、帰還民及び国内避難民:アフリカにおける強制移住に対する持続的解決策に向けて。
・2020年紛争停止(武器を黙らせる):アフリカの開発のための効果的条件の創設。
・2021年芸術、文化、遺産:我々が望むアフリカを構築するための梃子(てこ)。
・2022年:栄養(と食料安全保障)(予定)。

うるさい銃(武器)を黙らせろ(年間テーマから長期的テーマに)
2019年のテーマは紛争による被害を受けた人々を対象としたものであったが、その直接的原因となった紛争そのものに焦点を当てたのが、2020年のテーマ「紛争停止」である。これは、英語では、「SilencingtheGuns(銃(武器)を黙らせる)」といい、より直接的に表現されている。日本は、この分野にも様々な協力をしてきているが、特に、紛争の根本原因(rootcauses)に光を当て、若者の過激化を防止する教育支援を、このテーマの年に合わせて実施した。
前回書いたAUのアジェンダ2063にある15の旗艦プロジェクトの5番目(2020年までに、全ての戦争、内戦、ジェンダーに基づく暴力、暴力的紛争の終結)が正にこれである。それに沿う形で、この年間テーマは、当初は、「2020年までの(by2020)」紛争停止となっていた。しかしながら、これは非常に大きな課題であることから、今後10年間の長期的テーマとして、AUとして引き続き力点を置いて取り組んでいくこととなった。

●2021年は異色のテーマ?!
今年のテーマ「芸術、文化、遺産」は、これまでのAUの戦略に照らすと、少し異質な感じがするかもしれない。比較的ポップな響きがすると思われるかもしれない。
しかし、これぞ汎アフリカ主義、アフリカのルネサンスの本質を突くテーマだと思う。また、既にお気づきかもしれないが、AUがパートナーを巻き込みながら、55のAUメンバーが一体となって取り組んでいるアジェンダ2063の7つの願望のうちの5番目(文化的アイデンティティ、共通の遺産、価値、倫理を有するアフリカ)、そして旗艦プロジェクトの14番目(大アフリカ博物館の創設(アフリカの文化遺産の保全と汎アフリカ主義の促進))と15番目(アフリカ百科事典の編纂(アフリカ及びアフリカ人の生活の正統な歴史に関する権威ある資源))に直接関わるものである。大アフリカ博物館は、現在、アルジェリアの首都アルジェに建設予定であり、仮の展示場所も含めて具体的な取組が行われている。また、欧州を中心に、植民地時代に大陸外に渡った美術品のアフリカへの返還も始まっている。このテーマが定められた背景について、AU等の関係者に聞いてみたところ、次の説明がなされた。
「アフリカの歴史と文化について、アフリカと世界が再認識する機会である。アフリカの文化や歴史は、世界の主流ではなく周辺化されている。このテーマに取り組むことにより、人類の誕生から今日まで、アフリカが世界の歴史の主流の1つに常

にあったことを再確認することになる。またそれが、将来を担うアフリカの若者たちの自信にも繋がるであろう。」
加えて、興味深い話も聞かせて頂いた。
「紛争の解決においても、地域社会に既に備わっている、伝統的な解決方法を活用することも有効な手段であろう。」
純粋な音楽や文化の促進ということではなく、アフリカのアイデンティティの再確認のための非常に大きなテーマであることが分かる。

●そして来年に向けて
来年のテーマは「栄養(と食料安全保障)」と言われている。正式には、2022年初頭に開催される第35回AU総会(サミット)において採択・決定される予定である。これもまた、非常に重要なテーマである。栄養には、栄養失調による問題と、栄養過多による問題の2側面があり、アフリカも例外ではない。以前は「栄養失調」と訳されていた「malnutrition」は、今では「栄養不良」と訳すようになった。来年のテーマが正式に決まったら、またAU関係者に具体的な意味合いや背景について聞いてみたいと思う。

●最後に、今年のテーマ「芸術、文化、遺産」について、アフリカの著名な文化人の名言がAUのサイトに掲載されているので紹介したい。筆者の拙い邦語訳で読みづらいかもしれないが、趣旨は掴めて頂けると思う。いずれも心を打つメッセージである。
「文化が人をつくるのではない。人が文化を作るのだ。」
(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ:ナイジェリアの作家)
「音楽を愛するあなたは、扉を開く1人でなければならない。誰もが自由に歩くことができる橋を掛ける1人にならなければならない。私は、それが私の任務だということを知っている。」
(アンジェリーク・キジョー:ベナンのシンガーソングライター)
「作家は、読者の案内人(visionary)である。彼は、予測し、警告する。」
(ウォーレ・ショインカ:ナイジェリアの詩人、劇作家)
「我々が歴史を作ることができるのは、語り部が、生存者の記憶を作り出すからである。さもなくば、生存することの意味がなくなってしまうだろう。」
(チヌア・アチェべ:ナイジェリアの小説家)
「才能は電気のようなものだ。我々は電気を理解するのではなく、利用するのだ。」
(マヤ・アンジェロウ:米国の黒人活動家)

「私が人生のここにいるのは、私が世界に何かをもたらしたからではなく、何かを見つけたからである。それは、アフリカの文化という富である。」
(ヒュー・マセケラ:南アフリカのトランペット奏者)
「映画はアフリカ中で必要だと思う。なぜなら、我々は、自分たちの歴史の知識に遅れをとっているからである。我々自身の文化を作り出す必要がある。映像は非常に魅力的であり、非常に重要である。」
(ウスマン・センベーヌ:セネガルの映画監督)
「アフリカの音楽にはしばしばメッセージが含まれる。セネガル及びアフリカの音楽は、音楽のための音楽や、単なるエンターテインメントではない。音楽は、常に、社会の連結、議論そしてアイデアの牽引力である。」
(ユッスー・ンドゥール:セネガルの歌手)
「私は自分の文化を維持した。自分のルーツの音楽を維持した。自分の音楽を通じ、私はアフリカとアフリカ人の声とイメージになった。」
(ミリアム・マケバ:南アフリカの歌手)
「私は自分をアフリカと共に位置付けることで、自分はアイデンティティを持つことになる。」
(フェラ・クティ:ナイジェリアのミュージシャン)

(AU代森本)

(本エッセイは、AU代表部員個人の見解を記したものであり、必ずしも当代表部または日本政府の立場を反映したものではありません。)

(AU年間テーマ2020(紛争停止)と2021(芸術、文化、遺産)。AUホームページより)

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