モンレアル便り

第6号

カナダ国歌の歌詞比べ

カナダ国歌「オー・カナダ」は、カナダの公用語に則して、英仏2言語で書かれています。最初にフランス語で書かれ、その後英語版が作成されました。英語の歌詞は長い年月をかけて何度か修正されて、今日の最終形に至っています。まず、フランス語の歌詞を紹介します。(和訳は筆者の仮訳です。)

Ô Canada! Terre de nos aïeux, Ton front est ceint de fleurons glorieux!
(おお、カナダよ! 我らの祖先の地よ 汝の額は栄光の花で戴かれている!)
Car ton bras sait porter l’épée, Il sait porter la croix! Ton histoire est une épopée
(汝の腕は剣を持ち 十字架を背負うことができる! 汝の歴史は叙情詩である)
Des plus brillants exploits. Et ta valeur, de foi trempée,
(最も輝かしい功績である 信念に裏打ちされた汝の勇姿は)
Protégera nos foyers et nos droits. Protégera nos foyers et nos droits.
(我らの家と権利を守るのだ 我らの家と権利を守るのだ)

続いて英語版です。

O Canada! Our home and native land! True patriot love in all of us command.
(おお、カナダよ! 我らが故郷、そして祖国よ! 我々が抱く真の愛国者としての愛が導く)
With glowing hearts we see thee rise, The True North strong and free! From far and wide,
(輝く心で汝が立ち上がるのを見る 強く自由な真の北方の地よ! 遙か遠くから)
O Canada, we stand on guard for thee. God keep our land glorious and free!
(おお、カナダよ、我々は汝を守る 神よ、この大地の栄光と自由を守りたまえ!)
O Canada, we stand on guard for thee. O Canada, we stand on guard for thee.
(おお、カナダよ、我々は汝を守る おお、カナダよ、我々は汝を守る)

どうでしょう。英語の歌詞は、必ずしもフランス語の歌詞を英訳したものではないことが分かります。フランス語の歌詞は、19世紀のオリジナルのままなので、当時のケベックの人々の「カナダ観」をよく表していると思います。カナダの歴史は、「剣(すなわち戦争)と十字架(すなわちフランス系カトリック教徒)の叙情詩」と歌っています。歌詞の1行目の「汝の額は栄光の花で戴かれている!(Ton front est ceint de fleurons glorieux!)」の「ceint」は「帯/ベルト」を意味する単語ですが、知人のケベック人は、子供の頃に歌詞を聴いて、これを同じ発音の「saint」つまり「聖人」や「健全な」の意味と信じていたのだそうです。その後、歌詞を学んで初めて、「ceint de fleurons」が花で作られた帯状のもの(花冠のようなもの)であることを悟ったのだとか。作詞家が意図したのかは分かりませんが、こうした掛詞のような工夫があるのかもしれません。
一方で、英語版は、カナダを「遙か遠くの北方にある自由な土地」と讃えています。歌詞の1行目の「我々が抱く真の愛国者としての愛が導く(True patriot love in all of us command)」の歌詞は、1

908年に作詞された当時は、「汝の息子たちが抱く真の愛国者としての愛が導く(True patriot love in all thy sons command)」となっていました。この部分は、2018年に英語歌詞を修正する法案が可決された際に修正されました。つまり、英語版が最終形になったのは、ごく最近のことだったのです。21世紀になり、ジェンダーの意識が高まった結果、男性形の「息子たち(sons)」が中立的な「我々(us)」に置き換えられたということでしょう。

国民の歌は4節まであった

「オー・カナダ」が国歌として採用される前、その歌は「国民の歌」として発表されました。ケベック最高裁判事を務めたルティエ(Adolphe-Basile Routhier)氏が1880年に書いたその歌詞は、全4節からなる長いものでした。現在の国歌「オー・カナダ」には、その第1節のみが採用されました。
ルティエ氏作詞の歌詞(フランス語)は次のとおりです。最後の節の歌詞からは、キリスト教に基づいた植民地「ヌーベル・フランス」が築かれていたことが感じられます。同時に、フランスから移住してきた入植者たちがこの土地に根付き、「カナダ人」となったことへの気概も伝わります。

【第1節】(同上、略)

【第2節】
Sous l’oeil de Dieu, près du fleuve géant, Le Canadien grandit en espérant.
(神が見守る中、大河のほとりで カナダ人は希望に満ちて成長する)
Il est né d’une race fière, Béni fut son berceau. Le ciel a marqué sa carrière
(カナダ人は誇り高き民族に生まれた その揺りかごは祝福された 天はその経歴に印をつけた)
Dans ce monde nouveau. Toujours guidé par sa lumière,
(この新しい世界で 常に光に導かれて)
Il gardera l’honneur de son drapeau, Il gardera l’honneur de son drapeau.
(旗の名誉を守るのだ 旗の名誉を守るのだ)

【第3節】
De son patron, précurseur du vrai Dieu, Il porte au front l’auréole de feu.
(真の神の先駆者である後援者の その額に炎の後光をまとう)
Ennemi de la tyrannie, Mais plein de loyauté, Il veut garder dans l’harmonie,
(専制政治の敵 しかし、忠誠心に満ちている 調和を保ち)
Sa fière liberté. Et par l’effort de son génie,
(誇り高き自由を 天才的な努力によって)
Sur notre sol asseoir la vérité, Sur notre sol asseoir la vérité.
(我らの大地に真理を築く 我らの大地に真理を築く)

【第4節】
Amour sacré du trône et de l’autel, Remplis nos coeurs de ton souffle immortel !
(玉座と祭壇の聖なる愛よ 不滅の息吹で我らの心を満たしたまえ!)
Parmi les races étrangères, Notre guide est la loi Sachons être un people de frères,
(異民族の中で 我らの道しるべは法なり 我らを兄弟の民とならしめ給え)
Sous le joug de la foi. Et répétons, comme nos pères,
(信仰のくびきのもとに そして父親のように繰り返そう)
Le cri vainqueur : « Pour le Christ et le Roi ! » Le cri vainqueur : « Pour le Christ et le Roi ! »
(「キリストと王のために!」という勝利の叫びを 「キリストと王のために!」という勝利の叫びを)

第3節の「Ennemie de la tyrannie(専制政治の敵)」の歌詞は、フランス革命政府とオーストリアの戦いの最前線にいた東部ライン駐屯地の部隊を鼓舞するために作られ、1795年にフランス国家に採用された、おなじみの「ラ・マルセイエーズ」の歌詞の「Contre nous de la tyrannie」(我々に敵対する専制政治(暴君))の部分を想起させます。因みに、フランス国家は7節まである非常に長いものですが、演奏・斉唱されるのは第1節のみです。「オー・カナダ」の歌詞が書かれた1880年、フランスは革命から約1世紀が経ち、第三共和政に入った頃で、プロイセンなどの隣国との関係がきな臭くなっていた頃でした。米国では、奴隷解放宣言を発したリンカーン第16代大統領が暗殺された後、西部開拓が進み、インディアン戦争と呼ばれた先住民との衝突が起きていた頃でした。明治憲法下の日本は、伊藤博文初代内閣総理大臣の誕生、日清、日露戦争といった、歴史上の大きな転換点を迎える少し前のタイミングです。世界中が武力による勢力範囲の拡大という、大きな過ちを犯す方向に進んでいく時代背景の中、それとは少し距離を置いたケベックのインテリたちによって生み出された歌が、「オー・カナダ」フランス語オリジナル版だったと言えるかもしれません。
次に、1908年にワイヤー氏が作詞した英語の歌詞です。フランス語の歌詞に比べると、情景描写が多いように思われます。

【第1節】(同上、略)

【第2節】
O Canada! Where pines and maples grow, Great prairies spread and lordly rivers flow,
(おお、カナダよ! 松と楓が生い茂るところ、 大草原が広がり、大河が流れる)
How dear to us thy broad domain, From East to Western Sea;
(汝の広大な領域は、我らにとって何と愛しいことか、 東から西海まで)
Thou land of hope for all who toil! Thou True North, strong and free!
(汝、働く者すべての希望の地! 汝、真北に、力強く自由なり!)

(Refrain/リフレイン)
O Canada! O Canada!

(おお、カナダよ! おお、カナダよ!)
O Canada! We stand on guard for thee,
(おお、カナダよ! 我々は汝を守らんと立つ)
O Canada! We stand on guard for thee.
(おお、カナダよ! 我々は汝を守らんと立つ)

【第3節】
O Canada! Beneath thy shining skies May stalwart sons and gentle maidens rise,
(カナダよ! 汝の輝く空の下に 勇敢な息子たちと優しい乙女たちが立ち上がるように)
To keep thee steadfast through the years, From East to Western Sea.
(何年もの間、汝を不動のものとするために、 東西の海まで)
Our own beloved native land!
(我らが愛する祖国)
Our True North, strong and free!
(我らの真北に、力強く自由であれ!)

(Refrain/リフレイン)

【第4節】 Ruler Supreme, Who hearest humble prayer, Hold our dominion in Thy loving care.
(謙虚な祈りを聞き届けた至高の支配者よ、 汝の慈愛のうちに我らの支配権を保持せよ)
Help us to find, O God, in Thee, A lasting, rich reward,
(神よ、我らが汝のうちに見いだすことを助けたまえ 永続する豊かな報いを)
As waiting for the Better Day
(より良き日を待ち望みながら)
We ever stand on guard.
(我々は守り抜く)

(Refrain/リフレイン)

カナダらしい第3のバージョン:英仏混合版

前回、カナダ国歌には、英仏2言語の混合版があると書きました。それがこれです。英、仏、英と、フランス語が英語に挟まれている構成です。国歌を斉唱する機会に、英仏を母国語とする来賓がそれぞれいる場合などには、このような2言語バージョンを使用することもあるのでしょう。

O Canada! Our home and native land! True patriot love in all of us command,
(おお、カナダよ! 我らが故郷、そして祖国よ! 我々が抱く真の愛国者としての愛が導く)

Car ton bras sait porter l’épée, Il sait porter la croix!
Ton histoire est une épopée Des plus brillants exploits,
(汝の腕は剣を持ち 十字架を背負うことができる
汝の歴史は叙情詩である 最も輝かしい功績である)

God keep our land glorious and free!
O Canada, we stand on guard for thee. O Canada, we stand on guard for thee.
O Canada, we stand on guard for thee. God keep our land glorious and free!
(神よ、この大地の栄光と自由を守りたまえ!
おお、カナダよ、我々は汝を守る おお、カナダよ、我々は汝を守る)

ケベック特製?! 知られざる第4のバージョン

さて、実は、もう1つ英仏混合の歌詞があるのをご存じでしたか? カナダの中で唯一フランス語だけを公用語とするケベック州において国歌を斉唱する際には、当然フランス語版が使用されます。しかし、場合によっては英仏2言語で斉唱しなければならない機会も想定はできます。その際に、ケベックで歌われる歌詞は、第3の混合版とも異なり、英仏が1対2で、フランス語の割合が多いバージョンが使われるそうです。下記のとおり、最初の3行は全てフランス語で、最後の2行のリフレインのような部 分のみが英語となっています。

Ô Canada! Terre de nos aïeux, Ton front est ceint de fleurons glorieux!
Car ton bras sait porter l’épée, Il sait porter la croix!
Ton histoire est une épopée Des plus brillants exploits.
(おお、カナダよ! 我らの祖先の地よ 汝の額は栄光の花で戴かれている!
汝の腕は剣を持ち 十字架を背負うことができる!
汝の歴史は叙情詩である 最も輝かしい功績である)

God keep our land glorious and free!
O Canada, we stand on guard for thee. O Canada, we stand on guard for thee.
(神よ、この大地の栄光と自由を守りたまえ!
おお、カナダよ、我々は汝を守る おお、カナダよ、我々は汝を守る)

このバージョンが歌われた場に出くわしたことはなく、これからもあまりないような気がします。もしこうした稀な機会を得ることができた方がいたら、是非、教えてください。
次回は、カナダ誕生の歴史について書き綴りたいと思います。

(つづく)
P.S. 前回のテキストで、「国歌」と「国家」の変換ミスがありました。失礼しました。。。。

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