- Paris le 15 jan. 2015
パリクラブの皆様
明けましておめでとうございます。旧臘20日に掲載したものの続きです。
綿貫
パリ通信(8)「下からみたフランス」フランスのミュージアムは多すぎるか?(2)承前
(Y a-t-il trop de musées en France?)
綿貫 健治
日本の美術館は欧米の流れに沿って発展した。ミュージアムという言葉自身、日本に浸透したのは明治維新後である。博物館という言葉を最初に使ったのは日米修好条約批准(1860)のためにアメリカ使節団通訳を務めた名村五八朗と言われている。その後福沢諭吉が欧州使節団に参加しその経験を著書「西洋事情」に著したが、その中で博物館と博覧会いう言葉を使った。著書がベストセラーになったために博物館という言葉が一般的になった。英語のミュージアムと言う言葉は1872年に出された「英和対訳辞書」で紹介され一般的になったと言われる。ちなみに、博物は中国語で「広く知ること」を意味する。
日本には博物館という言葉はなかったが、それに近いものに奈良の正倉院などの社寺の宝物の定期的な開帳があり、似たものとして江戸時代の全国の物産を展示する物産会があった。明治時代になって、博物館は明治維新後の産業近代化、殖産興業という産業政策の一環として発展し、ウイーン万国博覧会準備のために1872年に湯島聖堂で開催された文部省博物館主催の美術工芸品博覧会は博覧会のはしりと言われた。1877年に内務省主催による内国勧業博覧会が上野で開催され日本で初めて美術館が設置された。その後日本の博物館は、内務省系博物館(東京国立博物館系)と文部省系の博物館(国立科学博物館系)の二つの系統に別れて発展する。
内務省系博物館は1886年に宮内庁管轄になり東京帝室博物館と称せられ、その後地方博物館として奈良と京都に開設された。これらの博物館は歴史的資料や古美術保存に力を入れて美術系国立博物館として発展した。殖産事業から国のステータスシンボル、ナショナリズムの象徴となり内外の美術が収集、保存され1926年に日本最初の公立美術館である東京府美術館(現在の東京都美術館)が開館した。個人としては1930年に岡山の実業家の大原孫次郎氏が日本初の西洋美術館である大原美術館をつくった。本来の教育手段としての美術館は戦後の民主化で1949年の「社会教育法」、1951年の「博物館法」ができてからである。
1951年には最初の公立美術館である神奈川県立近代美術館、1952年には最初の国立美術館である東京国立近代美術館が開館した。博物館法ができてから博物館は美術だけでなく、自然、歴史、人文、化学、水族、民族など多系統類似施設も併せ混ぜたり、また日本人の博物館好きもあり日本は世界でも有数の「美術館王国」となった。現在ではその数も細かい類似施設を含めると4,000~5,000館あるといわれている。このへんの詳細は、少ない図書館学の参考書の中では岡部あおみ他共著「ミュゼオロジー入門」(2013、武蔵野美術大学出版局)がおすすめである。
フランスの最近の美術館事情を調べてみよう。フランスは今日「文化大国」で、毎年8,000万人以上(2012年は8,300万人)の外国人観光客が訪れ、美術館にはフランス人を含め毎年5,700万人近くの人が訪れ、その内3~4割は外国人である(パリは6割)。フランス文化・コミュニケーション省統計「Musés:Chiffres Clés 2012」によると、フランス全体で認定美術館は1,216館あり、その内イル・ド・フランス圏には139館、パリ市内は57館存在する。パリ市内の57館のうち36館は国立である。いろいろデーターがあり集計方法も異なるため世界的な比較は難しいが世界には美術館が55,000館あって、その内ヨーロッパに19,000館あって世界の3分の1を占める。ちなみに日本の美術館は、2011年度総務省の「社会教育調査」によると認定博物館数は1,262館、その内美術館だけなら452館である。いずれにしてもフランスは文化大国であると同時に美術館大国でもあり。美術館もパリだけでなく地方にもレベルの高い美術館がある。
フランスの美術館を訪れる人は年々増加している。この背後には美術館を含めるミュージアムビジネスは、サービス産業としてより重要な位置を占め、フランスの主要経済政策となって戦略的な投資対象になっている事実がある。また、政治家から学芸員まで文化人材がそろっている。ド・ゴール、ミッテラン、最近ではシラクと時の大統領が文化人で、その上文化人材が豊富で大臣に優秀で異才な人間を選抜することができ、それらの人たちが自ら「真の知的要求に答えられるようなプロジェクト」を推進してきた。特に美術館は文化および観光事業の目玉であり、フランス政府は新規投資や新規企画を実施し、新たな美術館を建設し、積極的なコレクション収集と多様化を行い、同時に新しい要求に応えるため映像・デジタルなどの技術投資も一貫して推進した。その結果、2010年にはフランス全体で5,730万人が美術館を訪れ、この5年で動員数が約12%増加した。ルーヴル、ポンピドー・センター、オルセーなど主要美術館7館は優れた企画と特別展で毎年100万人以上の観客を集め全体動員率の60%を占めている。政府が所有者としているのは5%で後はほとんど地方自治体の管理だが自治体もミュージアム事業に注力している。
これらの努力の結果は、世界の美術館入場者ランキングに表れている。今年3月に発行された世界の美術誌「Art News Paper」の「世界の美術館入場者ランキングTOP200」によると、1位はフランスのルーヴル美術館(972万人)である。以下、2位は米国のメトロポリタン美術館(611万人)、3位英国の大英博物館(557万人)、4位は英国のテート・モダン(530万人)、5位は英国のナショナル・ギャラリー(516万人)、6位バチカンのバチカン美術館(506万人)、7位は台湾の国立故宮博物館(436万人)、8位は米国のナショナル・ギャラリー・オブ・アート(420万人)、9位にはフランスのポンピドー・センター(380万人)、10位にはフランスのオルセー美術館(360万人)の順番であった。発表されたトップ100位の国別美術館に入場数を見ると必ずしもフランスが強いわけでないことがわかる。米国が14館、英国が13館、フランスが7館、韓国が5館、日本が4館、ドイツ、中国が2館である。やはりフランスはパリに集中しておりトップ20館が圧倒的に強く集客力があり地方の美術館が弱いことがわかる。
日本は美術館数が多い割には美術館の入場数が少ない。アジアでは世界ランキングに台湾の国立故宮博物館が7位、韓国の国立中央博物館が15位、同じく韓国の朝鮮民族美術館が15位、中国の上海博物館が19位とトップ20位までに入り、日本の美術館は20位以内に入っていない。ちなみに、東京国立博物館は28位、森美術館が56位、国立新美術館が63位、国立西洋美術館が67位であった。美術館が普及してきているものの、いまだに無料館がすくなく若い人が簡単に行けるところではない。最近こそ良い企画が出てきたがフランスほどダイナミックな企画が少なくヨーロッパきの企画が多い。特別展示には人が集まるが見せ方にひと工夫が必要だ。高齢化社会が世界に先駆けて進んでいるのに説明の字が小さく、オペラグラスを持ち歩く高齢者をよく見る。
アジアの美術館では中国、台湾、韓国の美術館の進展が著しい。特に文化大国中国は、最近美術館政策を国家の重要文化戦略にしてダイナミックな動きをしている。法律で博物館・美術館の無料化を義務化し、美術館10年計画を掲げて10年以内に美術館を1、000館つくり、総合入場数を10億人にすると発表しているのであなどれない。先月、国際会議で上海博物館に立ち寄る機会があったがとてつもなく長い列に国民の熱気を感じた。入場料は無料で展示場も広くゆっくりと鑑賞でき、また、いろいろ企画に努力していて常設の展示に加え中国美術特別展示とフランス印象派の特別展も同時に行い多くの中国人フアンも集めていた。二本立てでなく三本立てする余裕があった。しかし、欠点も目に付く。トイレは清潔に欠け、説明に工夫が少なく、多くはなかったが時々列の割り込みをしている者もありマナーの面で感心しなかった。
世界の美術館ランキングはもう一つある。博物館と美術館を含めた総合ランキングでフランスのルーヴルは、またもや1位であった。その強さは圧倒的である。発表期間は、世界のテーマパークやアミューズメントパークの入場者数順位を発表しているNPO団体のTEA(Themed Entertaiment Association)と市場調査会社AECOMで、今までテーマパークやアミューズメントセンターのランキングに加えて、今年6月に初めて「TEA/AECOM Musium Index 2012」(世界博物館・美術館ランキング)を発表した。ルーヴルは1位で、以下2位米国国立自然史博物館、3位は米国国立航空宇宙博物館、4位が英国メトロポリタン美術館、5位が英国大英博物館、6位が英国テート・モダン、7位が英国ナショナル・ギャラリー、8位がバチカン美術館、9位が米国自然史博物館(ニューヨーク)、10位が英国自然史博物館(ロンドン)であった。フランスのポンピドー・センターは15位、オルセーは16位でありルーヴルと差がある。ちなみにアジアでは台湾台北の故宮博物館(12位)、中国北京の国家博物館(14位)、韓国ソウルの国立中央博物館が18位、中国北京の地質博物館が19位であった。日本の美術館は入っていない。
このランキングでもアメリカとイギリスがそれぞれ6館ずつランクインしフランスはその半分の3館で3位でルーヴルと他の博物館・美術館に差がある。また、この調査によると、2012年の世界トップ20博物館・美術館の入場者数は、ヨーロッパ7,150万人、北米は5,580万人、アジアは4,150万人で、圧倒的にヨーロッパの博物館・美術館の顧客誘致力が強い。入場料がフランスのルーヴル、米国のメトロポリタンのように有料、米国の自然博物館や英国の大英博物館のように無料など有料、無料の差があり、特に英米の博物館や美術館が無料であることも影響している。現在の経済体制では文化と経済発展はリンクしておりフランスの戦略がサービス産業の一環として文化産業に力をいれているのは正解である。日本の文科省、経済産業省が伝統的文化だけでなく「クールジャパン」を事業化しようとしているのも納得できる。英独仏はだいぶ前から文化事業の世界推進をおこなっており、パリ、ロンドン、ニューヨークの博物館や美術館は魅力的な企画が多く集客力が高い。ただし、フランスには絶対的的に強い「ブロックバスター(観客大動員)」企画ができる材料と能力があるのが違う。アメリカは映画ではハリウッドがあるが美術館ではハリウッドがない。フランスには文化の英知を集めたルーヴルがあり、印象派のモネ、ルノアールなどはスターである。ヴィクトル・ユゴーがルーヴルをさらに強くするためには知の象徴である「学士院を取り込むべき」だと言ったのもよくわかる。
最後に、このレポートのタイトルは「フランスの美術館は多すぎるか」であるが、私の結論は「多すぎるのではなく「強すぎる」のである。残念ながらフランスは世界の美術フアンを独り占めにしている。日本の博物館や美術館に時々行くが、当然パリの美術館の凄さを感じない。国家を含めた戦略的な差を感じる。しかし、心配はしていない。最近、東京国立博物館で開催された「京都―京都洛中洛外図と障壁画の美」を見たが圧倒された。洛中洛外図舟木本版の大画面HD映像(4K)が入口にあり、最後はまた、大画面でシネマスコープ(昔風に言うと)型で龍安寺石庭の四季の変化を10Kの映像で見せていた。幅の広い大画面で見ると、すごい、実物以上の大迫力でありこれが「日本式の見せ方」と思った。このような美術とディジタルの技術の融合で新しい見せ方ができるのは日本だけで日本の新しい美術館力に自信を持った。残念ながら映像技術と機械はキャノンであり私の出身のソニーではなかったが、そんなことはどうでもいいほどの感激であった。
2013年11月30日
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