英国ダラム便り(その20)

  • Durham 2013/12/4

皆さま

はや師走となりました。

12月7日ロンドンでの会合に参加のあと、またユーロスターでパリに行きます。今回は昔の勤務先の仏国三菱商事の超ベテラン女性社員2名を昼食招待しています。一人は60歳、もう一人は67歳で多分来年退職です。こちらの社員は昔、コミテ(Comité d’Entrepriseーーー労働組合のようなもの)のうるさいメンバーで、人事課長の私とは激しくやり合ったものです。5年の在勤中、他の組合闘士ともずいぶんやり合いました。ミッテランの頃ですから組合全盛です。当時はずいぶん頭にきたものですが、今になるとこの連中が一番懐かしいです。口でワーワーやり合い、時にはののしり合っても、余りあとをひかないところがフランス人との付き合いなのかもしれませんね。激しい団交のあとけろっと連中とテニスを楽しんだりしました。

ほとんどが退職してしまいました。時が経ちました。

今年も1年間ダラム便りにお付き合いいただき、ありがとうございました。

ちょっと早いですが、皆さま、良い年をお迎えください。

増渕 文規

英国ダラム便り(その20)

[Remembrance Day]

1918年11月11日パリ近くのコンピエーニュの森で第1次世界大戦の休戦協定が調印されました。Armisticeですね。欧州だけでなく参戦関係国で記念式典がこの日に行われています。英国の場合、11日の直前の日曜日を「Remembrance Sunday」として、第2次世界大戦やその他の戦争も含め、犠牲となった兵士や一般人を悼み、平和を願う日にしています。

シンボル・フラワーはポピーです。10月の半ばくらいから、TVの報道番組やバラエティーの出演者は、ゲストも含めほぼ全員がかなり大きめのポピーを模った赤いバッジを胸に付けます。赤い羽根と同じですね。成人の半数近くは購入する(寄付をする)のではないでしょうか。一個いくら払うのかは各自の自由です。11月10日(日)式典の模様をTVで見ていました。ロンドンの官庁街WhitehallにCenotaphという世界大戦記念碑があり、午前11時から2分間の黙とうです。その後記念碑の周りにポピーのWreathを順番に捧げていくという形で式典が進みます。エリザベス女王から始まり、政府の新旧高官、軍人関係者、外国からの参列者と順番に行進しながらWreathを置いていきます。行進は延々と続き、記念碑の周りはポピーの赤で敷き詰められていきます。外国からの参列者は各国大使ですが、その数にビックリしました。英連邦王国(コモンウェルス)構成国は16ですが、どう数えても30以上の国が参加しています。二つの大戦時に同盟的関係にあり、英国軍にも参加したインドやアフリカの旧植民地(ガーナ/ケニア/ザンビアetc)その他です。程度の差はあれ、英国のために英国と共に戦った国がこれだけあると言うことですよね。愛憎あいはむところも勿論あるのでしょうが、英国は多くの国から今でもなつかしい「かつてのパトロン」として慕われているような気がします。この辺が英国の「見えない力」の一つなのでしょうか。

2大大戦以外の戦役犠牲者も悼まれますので、朝鮮戦争関係者の行進も、フォークランドの一団もありますし、最近ではアフガニスタンの犠牲者です。軍事介入はしていませんが、シリアでも米国に合わせて議会で軍事制裁決議寸前まで行きました(結局議会で否決)。日本以外の大国はどこでも「いざという時には戦争をする国なのだ」と改めて思い知らされます。7月14日のパリ祭でも同じ気持になります。軟弱に見えるフランスもシリアでは最強硬派でしたし、つい最近アフリカのマリに派兵しています。話はそれますが、学生に世界事情講義をする時、(得意分野ではありませんが)安全保障や国防の話にかなり時間を割いています。日本では中・高でまともな安全保障教育をしていないと言うか、教えられる先生が少ないでしょうから、「国防」などと言っても、ほとんどの学生にはピンとこない。フランスでは徴兵制廃止のあと若者男女に「国防」特別講習への参加を義務付けています。

行進が進んでJapanという言葉が何度か出てきました。マレー攻略、ビルマ侵攻、英国人捕虜収容所などが頭を過ぎります。今回の英国滞在中、旧日本軍関係で非難めいたことを言われたことは一度もありませんが、どこかに根深く残っている感情ですから、注意しなければいけないと思いました。当国一流紙のお悔やみ蘭の特集記事に「恨みを超えて」などという、捕虜収容所の会代表者の死亡記事が半ページ大で記載されます。水には流せません。式典はパリ祭のような派手な軍事力示威のデモンストレーションもなく、平和を願うのにふさわしい静かなものですが、英国はやはりこういう式典の仕切りがうまいというか、様になっていますね。寒空の中まことにお気の毒でしたが、ご高齢の女王がまずWreathを置くところから始まるから、全体の威厳が高まるわけです。それからアン王女(チャールズ皇太子の妹で、かつて馬術団体での五輪メダリスト)が騎馬近衛兵の名誉総裁として、ピタッと挙手・敬礼をしたまま行進を見守るシーンが何度も映されます。(失礼ながら美人では無いのですが)制服で背筋を伸ばした姿はお美しい。こういう伝統美、様式美はさすが英国ですね。先の五輪でもそうでしたが、女王と王家の活用が本当に上手です。それから政教分離ではありませんから、英国教会大僧正のありがたい祈りの言葉や賛美歌が実に効果的です。そういうものが無い国では演出のしようがありません。

なぜポピーなのかですが、第一次大戦の激戦地だったフランドル地方で真赤なポピーが咲き誇っていたそうです(ノルマンディー上陸の時にポピーが咲いていたという異説もあるようですが)。英国やフランスでは第一次大戦時の犠牲者の数の方が多いんですね。日本人の「世界大戦」の感覚とは少し違うようです。塹壕戦で戦った、人類最初の大量殺戮戦争の反省から出てきたArmisticeであり、Remembrance Dayなのでしょう。

[英国ニッサン]

11月なかば、経済学課外授業として20kmほど離れたニッサン・サンダーランド工場見学を行いました。1984年設立、マイクラ(日本名マーチ)など年産50万台で、80%は輸出されています。今では英国最大の自動車工場です。従業員は6,800名。日本人はわずか4名です。完全に地場の有力企業として、10月14日インフィニティー生産開始を発表した時は、地元のメディアが大騒ぎをしていました。関連会社も入れてこれで1,000人の雇用増になるそうです。子供達の多くは英国の企業だと思い込んでいるでしょう。サッチャーさんに頼まれて進出した当初は税制面その他種々のインセンティブがあったはずですが、今は実力勝負で雇用を守り外貨を稼ぐ超優良企業です。見学後の学生の感想をいくつか。

「何でマーチがマイクラなんだろう」、「以前に見た日本の自動車工場の方が整然としていたように思う」、「仕上げ点検係員の真剣さが足りない感じがした」。

2013年12月4日
増渕 文規

pdfのダウンロードはこちらから