英国ダラム便り(その18)

  • Durham 2013/10/9

皆さま

日本はまた暑さが戻っているようですが、お元気でお過ごしでしょうか。

当地の今年の夏は稀に見る好天続きで、そのせいか地面に落ちている木の実がとても多い。野生の動物には実り深い年であったようです。朝の小鳥のさえずりも元気に聞こえます。動物は冬支度に入ったようで、リスが盛んに動き回っています。冬眠はしないはずですが、冬はどこかにひっそり籠っているのでしょう。そのためのエサ集め活動だと思います。

9月は2度パリへ行きました。
2度目はフランス人知人の家に泊まりました。レピュブリック広場近く、サンマルタン運河(今はもちろん覆われていますが)沿いのパリらしい場所です。お礼にと日本食に招待しましたが、昔と違って社用日本人を狙ったやたら高い日本飯屋(サントリーとか伊勢とか)が本当に姿を消したみたいですね。日本食のカジュアル化、大衆化がすっかり根についたようです。

ダラム便りその18をお届けします。

英国ダラム便り(その18)

[鉄道発祥の国]

何年も前の昔、日本の郵便ポストは赤くて丸くて頭のところが笠をかぶったようでした。あれを少し大きくしたのが英国のポストで、懐かしい気がします。英国風に真似たんだなとすぐわかります(そのはずです)。世界が大英帝国から取り入れた文明は数知れません。鉄道はその最たるものの一つですが、すっかり世界に後れをとってしまいました。ハード/ソフト共に振るいません。鉄道先進国英国の技術はすでに第2次大戦の前後には米・日・仏などに抜かれていたようですが、鉄道部門に投資をしなかったことが最大の原因でしょう。大戦前から整備された鉄道網が出来ていたわけで、古くなってもそこそこ使えるものに金はかけたくなかったのでしょう。日本やフランスと違って、高速道路が無料ですから、モータリゼーションが進む中、人も貨物も自動車利用に流れていったのだと思います。

現在の英国鉄道のイメージは「古い」、「遅い」、「(時刻表が)あてにならない」の3悪でしょうか。車両・架線その他のインフラの近代化が進んでいません。国営化の時代(1948-1994年)から何度も近代化計画が発表されながら主に財源の問題で、延び延びになってきました。最近やっと本格的近代化計画が動き出しています。8月に南西部のブリストルからプリマスまで列車で移動しましたが、やけに時間がかかる。結構幹線なのですが、ディーゼルだったんです。田舎だけでなく、ロンドン/オックスフォード間もディーゼルでした。英国鉄道の電化率は40%以下で先進国では最低でしょう。よく遅れます。イタリアよりは少し上ぐらいというところでしょうか。大きく遅れるときは架線か信号の不具合です。小さい遅れは当り前のことで、人的なものとしか思えません。というか数分の遅れは英国人には正常の範囲内で、秒単位で時刻表通りなのは、世界で日本だけなのかもしれません。

新幹線はありません。高速化計画が動き出しており、それを担う車両を(全部かどうか知りませんが)日立が製造することになりました。英国は重工業の大部分から手を引いていますから当然外国勢に依存せざるを得ません。この辺を残念がる英国人は少ないのが日本やフランスのような「自前産業固執」とは違います。

物や設備の老朽化だけでなく、従業員の労働モラルも老朽化しているように見えます。チンタラ働いていて、やたら人が多い。何となく列車の運行が遅れると言うのはマネージメントがたるんでいる以外あり得ないと思うわけです。1960年代から70年代にかけて、英国国鉄はストライキばかりやってましたから、あれが労働モラルをずいぶん悪くしたのではないでしょうか。架線・軌道も自然災害、特に大雨に弱いです。ほとんど平地ばかりで楽な敷設工事だったはずで、その分排水などに日本ほどの注意を払ってなかったのではないでしょうか。ちょっと雨が続くとoutになってしまう箇所が少なからずあります。ダラムとニューカッスル間は25kmくらいの距離ですが、冠水その他で良く運行停止になります。いったん停止になると回復に数日かかるのが普通で、数時間で復旧という日本のような離れ業は期待できません。運休中はバスで代行、良く見る光景です。

英国鉄道の良いところも一杯あります。車窓の景色が美しい。緑の牧草が延々と広がり、羊が草を食む様子はのどかです。フランスやドイツの車窓からの景色より美しいと感じます。英国は何でこんなに羊が多いのかは疑問なのですが。駅舎ももちろん古く堂々としており、プラットホームの屋根を支える鉄骨の骨組みや、柱を飾る駅やその町の紋章の彫り物、アールデコ的なランプなど雰囲気があります。こんな駅ばかりですから、日本の鉄道ファンにはたまらないのではないでしょうか。運賃体系が日本と全く違い、うまく事前予約するととても安いのも魅力です。たとえば普通の大人が今思い立ってダラムからロンドンへ行き、明日戻ってこようと駅できっぷ(一等)を買うと400ポンドくらいかかります。2カ月先をネットで買うと88ポンドです。私の場合シニアパスが使えますので、2ヶ月後の切符なら60ポンド(今のレートで9,000円くらい)で買えます。ロンドンまでは400km弱で名古屋より遠いですから、一等往復特急で9,000円は安いのではありませんか。一等は優雅です。飲み物や軽食サービス付きで、昼食・夕食時には(まずいけれど)暖かい料理も出ます。食事時にはワインもビールもお替わり自由。サーブするスタッフは15分おき位に頻繁に座席にやってきます(無駄な人件費だと思いますが)。ロンドン/ダラム間列車一等の旅をお薦めします。ちょっぴり贅沢を楽しめる3時間です。

[ローマ人は偉かった]

学生に「欧州とは何か」の説明をする時、当然ながら古代ローマ文化の影響を話します。欧州大陸だけでなく英国にまで当時の大規模土木工事の痕跡が残っています。カエサルもガリア(フランス)征服の折、ブリタニア(英国)にまで遠征しています。ダラムの近く北へ50kmのところにスコットランドからの攻撃に備えたハドリアヌスの長城がそのまま残っていますし、国内幹線道路の多くはローマ植民地時代に作られた道路をベースにしているようです。上記で触れたブリストルの隣にBathという英国屈指の保養地があります。その名の通りローマ時代の天然温泉利用の「風呂」が残る都市としても有名です。地下に当時の浴場跡が保存されていますが、設計から見て単なる浴場ではなく、集会・親睦の場であったことが偲ばれます。温泉はすたれるものの保養地としてのBathは発展していきます。エイボン川渓谷(と言ってもなだらかな丘)の緑豊かな景色と温暖な気候、温泉に目をつけ保養地として開発した古代ローマ人の知恵は大したものだと、感心します。

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