【レポート】新春講演会「ナポレオンの故郷 コルシカ: 地中海に浮かぶフランス至宝の島、その歴史、地理、文化、経済の魅力」

コルシカ島の地理と歴史

コルシカは地中海に浮かぶ島で、フランスとイタリアの間に位置しています。大きさは南北に180キロ、東西に80キロほどで、地中海ではシチリア、サルディーニャ、キプロスに続く四番目に大きい島です。日本の四国と比べると大きさは半分ほど、人口は32万人で四国の10分の1ほどです。
アジャクシオとバスティアという二つの大きな町があり、ナポレオンはアジャクシオで誕生しました。
地形は山岳が多く、最も高い山は標高2700メートルほどになります。山岳部では地中海の湿った空気が遮られて恵みの雨となり、木々や植物がコルシカを美しく緑豊かな島に彩っています。水源や湧き水もたくさんあり、その多くでは自由に水が汲めるようになっています。

コルシカには長い歴史があります。
先史時代には巨石文化がありました。そのころの遺跡は石に顔が彫ってあるものが多く、イースター島のモアイを連想される方もおられるかもしれませんが、モアイより小さく大きさは人と同じくらい、また時代的にはモアイよりはるか昔に作られたものです。遺跡からはガラス玉のようなものも発見され、この地で作られたものではないことから、他の国々との交易も行っていたと考えられています。

巨石遺跡

先史時代の巨石遺跡

コルシカは古代ギリシャ人からは「kalliste(最も美しい)」と評されてきました。オデュッセイアの中でユリシーズがいた場所も、その描写からコルシカの名高い景勝地である「ボニファシオ」であることがわかります。

ボニファシオ

地中海からそそり立つ断崖上の都市・ボニファシオ

ローマ時代にはコルシカの東・アレリアにローマ帝国の都市が建設され、それは浴場や神殿も備えられた大規模なものでした。そのころの品々をアレリアの博物館で見ることができます。

中世から続く伝統が今も生きている

海に面した要塞

海に面した要塞

中世においてはイタリアからの影響を強く受けました。当時のイタリアには数々の共和国がありましたが、コルシカにとって特に重要なのはピサとジェノバです。
11世紀から12世紀にかけてコルシカはピサの支配下にありました。その時代にはたくさんのロマネスク様式の教会が建てられ、現在も残っています。
13世紀からは5世紀にわたり、ジェノバによる支配を受けました。この時代には沿岸域に要塞が多く建てられました。当時は海賊が横行していたため、自衛のために必要でした。監視塔も多く建てられていて、要塞と共に海に面した美しい姿はコルシカ観光の見どころのひとつになっています。

中世では多くのコルシカ人は内陸の山岳地帯に暮らしていました。山に住むことによって海賊などの敵からの攻撃に備えやすくなるとともに、マラリアなどの感染症からも守られていました。町は守りに徹した作りになっていて、建物の開口部も小さくなっています。
山で放牧されている羊やヤギの乳から作るチーズ、ハムやソーセージなどの豚肉の加工品が山岳地帯の生活の中で育まれ、コルシカ独自の食文化を形成しています。

コルテ

山岳地の町・コルテ

 

ヤギ

山岳地で放牧されるヤギ

 

チーズやハム

コルシカの“山の幸”、チーズやハム

コルシカ人は信仰心が篤く、生活の中にキリスト教の伝統を色濃く残しています。
年間を通じて、クリスマスや復活祭、聖母マリアの被昇天などの祭りがあり、その祭りごとに特別な料理を食べる習慣があります。例えばクリスマスには子ヤギ、復活祭にはブリオッシュにゆでたまごを入れた伝統料理を食べます。