【レポート】講演会『英国EU離脱 経済的影響と国際関係の展望』

第二部:
リアリズムの欧州統合肯定論「グローバル格差と大衆の反逆」
-ポピュリズム・BREXIT・テロ・移民・難民-
東京外国語大学教授・同大学国際関係研究所所長
渡邊啓貴氏

渡邊啓貴氏

講演のお題をいただいて、話すことをいくつか考えてきました。 ひとつ目はポピュリズムをどう考えるかということ、次にイギリス離脱後のEUはどうなっていくか、ということについてお話ししたいと思います。
まず「ポピュリズム」についてです。ポピュリズムは「大衆の反逆」と言い換えることができ、「格差」の問題であると考えています。今、格差の問題はグローバルに世界のあらゆるところで見られています。そしてポピュリズムが台頭し、そこでスケーブゴートになるのは移民問題、そしてEUなどの統合の問題です。ブレグジットやトランプショック、ヨーロッパでの極右勢力の躍進、テロの発生などはすべてポピュリズムと格差問題が関係しています。

フランス極右勢力の躍進とポピュリズム

2017年は5年に一度のフランス大統領選の年です。現在のフランスの政党地図は3党制と言われ、社会党を中心とする左翼、日本で言えば保守派に相当する右翼、そして極右勢力の国民戦線に分かれています。
国民戦線はジャン=マリー・ル・ペンが創設し、反ユダヤ主義、反EU、排外主義で勢力を伸ばしてきました。現在の党首でありジャン=マリーの三女・マリーヌ・ル・ペンは社会保障の充実など左翼的な政策も打ち出して、経済的に取り残された地域などで支持をさらに広げています。このようにフランスでのポピュリズムの受け皿として国民戦線は右にも左にも勢力を伸ばし、大統領選では決戦投票にマリーヌ・ル・ペン党首が残ることは間違いないと言われています。

去る11月27日、保守派・共和党の大統領候補者がフランソワ・フィヨン氏に決まりました。当初フィヨン氏はサルコジ前大統領とジュペ元首相に次ぐ第三の候補といわれていましたが、予想を覆し予備選挙第1回投票を一位で通過し、その勢いのままジュペ氏との決戦投票では68%の票を獲得し、大差をつけて候補に選出されました。
フィヨン氏は政策的には保守本流で、ナショナリスティックな価値観をもつドゴール主義を標榜しています。社会文化的なスタンスでも保守的な発言をしており、同性婚には否定的、多文化社会についても否定的でフランス人としてのアイデンティティを強調しています。
このような右寄りの発言を多くしているフィヨン氏が保守派の大統領候補に選出されたことには、国民戦線の支持層も取り込み、台頭する極右勢力を押さえようという保守勢力の意思を感じます。

ホーム・グロウン・テロリストの問題

パリ同時多発テロの実行犯のうち5人はフランス国籍でした。彼らは他国から入ってきたのではなく、生まれ育ったその国でテロリストになったため、「ホーム・グロウン・テロリスト」と呼ばれています。
彼らはなぜテロリストになったのでしょうか。

パリ同時多発テロの首謀者のアバウドはブリュッセル郊外の出身です。彼はサンドニに身を隠していましたが、治安部隊に発見され、銃撃戦の末死亡しました。治安部隊がアバウドの居場所を突き止めるきっかけになったのは、彼が仲間である従姉妹のハスナに電話したことでした。
ハスナは移民の二世として育ちますが、家庭は貧しく少女時代は不幸なものでした。そして成長しても職に就かず路上生活者のようになります。彼女のフェイスブックを見るとかつてはパーティーをしたり飲酒をしたり派手な写真もかなり上がっていますが、その後黒いベールをかぶる姿などがアップされるようになり、「シリアに行ってくるわ」という投稿も見られます。しかしシリアへの渡航を宣言するその投稿にはスペルミスがありました。

このハスナの例を見ると、ホーム・グロウン・テロリストの発生は、イデオロギーの問題ではなく、社会格差や貧富の差など社会統合の問題であるといえます。
格差を背景に、家庭が貧しい非行少年や非行少女の成れの果てとして、テロリストが生まれているのです。

イギリス離脱後のEUはどうなるか

イギリスのEU離脱はEUの崩壊につながる、という論点で語られることが多いですが、私はそうはならないという立場をとっています。それはなぜEUが作られたのかということに関係しています。
EUはフランスとドイツが手を組んでヨーロッパの平和を実現するために作られ、理想主義的といわれていますが、一方では現実にしっかり対処するためのリアリズムで進んでいると私は見ています。アメリカのような巨大市場と対峙するには一国ではやっていけず、手を組まざるを得なかったのです。EUは1950年代から、時代の様々な問題に向き合いながら制度を変え、だんだんと発展してきました。

近いところではユーロ危機後に欧州安定メカニズム(ESM)が発足したことが象徴的だと思います。
それまではギリシャのような財政破綻したユーロ圏の国を金融支援するシステムがありませんでしたが、ESMの設立により融資システムができ、ユーロ圏の金融市場はより安定したものになったと考えられます。

このようにEU統合は制度設計のリアリズムを基盤としており、何か問題があってもEU統合が発展し続けるよう、危機があるたびに新しい制度を作り続け、歩みを進めてきました。
そこがEUの強みであり、イギリスの離脱という危機に対してもリアリズムで対処していくだろと期待を込めて見ております。