【レポート】講演討論会「アベノミクスと日本経済〜フランス日刊紙特派員の診断」開催

進行係・パリクラブ会長の見解

参加者 79名

ルソー氏の略歴の紹介

シャラント・マリティム県ラロッシェル市生 幼少時代はグルノーブル シアンス・ポ政治大学院を卒業 カンボジア、ベトナム、北京の特派員、 現在、レゼコー紙東京特派員・支社長

講演の冒頭、『6月に瀬藤氏とお会いしたときは、日仏経済モデル比較の提案を受けたが、長年、アジアに駐在して、フランス経済については瀬藤氏が私よりも詳しいにではないかとも考え、現在、毎日記事を取材してレゼコー紙に特派員として執筆している日本経済についてならお引き受けするということで「アベノミクス」講演会になった訳です。』と本公演の経緯についてご説明がありました。

予定の時間を大分、超過して2名の方との質疑応答はあったものの、聴衆者の方との意見交換が十分にできなかったことをお詫びします。
講演は3部にわたって展開された。以下、ルソー氏の講演の要旨である。

第1部は安倍政権の3つの矢についての鳥瞰図的な説明である。

第1の矢の財政政策。2013年の10兆円と2014年の兆円の総額約15兆円の規模の2回の財政支出によるフィスカル・ポリシーである。これはどの国でも実施されていることである。
第2の矢は2013年4月から始まった量的金融緩和政策である。これは次の3つの効果が期待されている。①長めの金利や資産価格のリスク・プレミアムへの働きかけ、②リスク資産運用や貸し出しを増やすポートフォリオ・リバランス効果、③市場と経済主体のインフレ期待への抜本転換、である。第3の矢は成長戦略と産業構造の改革。タブーを無くし「岩盤規制」を崩すこと。環太平洋経済連携交渉(TPP)の交渉内容、全中が統率保護する農業改革、法人税など税制の改革、などが掲げられている。

第2部はこれまでの実績についてである。

第1の矢の財政政策は中期的にもその乗数効果は限定されているので、さらに巨額に上る公的債務残高を増やす危険性が高い。日本の国家予算の歳入は43%国債の発行に頼っている。将来の成長に繋がる投資支出は多くないが、それでも昨年度と今年度の上期にはGDPの伸びになって現れた。
第2の矢の金融政策において日銀は毎月、国債を購入しているが、市中銀行においてその波及メカニズムは機能していない。銀行の資金貸出しは以前の通り逡巡したままである。理由は国内資金需要が無いからである。換言すれば日本企業は利益剰余金として内部留保を膨大に抱えている。政府試算ではGDPの44%にも上る230兆円もの企業内部留保がある。米国では11%に過ぎない。企業は人口減少の続く中で設備投資や研究開発のために投資するのを躊躇っている。
金融緩和による円安が輸出の増加に繋がっていない。実質輸出は減少。理由、①高級差別化戦略の日本企業は輸出価格の引下げをしなくなった。②製造業の海外立地の定着で日本発の輸出は減った。③日本の製品は価格弾性値の低い高付加価値で価格の変化の重要性は第2義的になった。
物価上昇が見られるが、これは「悪い」インフレである。 政府は物価上昇が企業の給与引上げになっていくことを期待していたが、現実はそれに遠い。輸入インフレは例えば日清ラーメンの実に7年振りの5〜8%の価格引上げが来年1月に予定されていることに象徴的である。ワイン、iPhone、ガソリン、みんな価格が上がっている。これに消費税の引上げが加わり、給与所得者世帯の購買力は2年前より下がった。個人可処分所得は14年第2四半期に対前年同期比6%も下がった。アベノミクスで国民は貧しくなった。
第3の矢の構造改革はどうか。安倍首相は改革実行の大きな可能性を与えられているのにそれを理解していない。野党もほぼ不在、選挙もない、党内抗争もない、支持率も高い、新聞等のメディアも寛容、デモも無い。アベノミクスへの期待感が覆っている。外国メディアもその政策の大胆さを支持。
先週、内閣府の関係者は私に外国メディアはアベノミクスに厳しすぎるが、もう少し、時間を与えてほしいと懇願された。しかし、安倍首相は小泉首相が郵政民営化で見せたような決意があるのだろうか。反対なら党から除名すると言えるのか。政治的リスクを取るとは見えない。大胆な姿勢を感じるのは外交の面で河野談話とか靖国神社訪問などだけである。
法人税を払っている企業はたった30%に過ぎない。さらに減税する必要があるのか。給与所得者の賃金は下がっているのに。
女性の登用について2018年までに40万か所の育児所新設、女性役員任命というが企業はどこまで理解しているか。
農業改革。日本の食料価格は国際価格よりも1.7倍も高く、エンゲル係数は14%と米国の6.5%だ。1kgのリンゴはフランスでは1ユーロだが、日本では一個のリンゴが100円もする。このように食料価格に構造的にコストが隠蔽されいる。これは日本農業の国際競争力のないことの表れである。全中(全国農業協同組合中央会)の影響力で高齢の年配層がアルバイト的に従事しているのが現状。TPPの交渉の遅れは、豚肉、牛肉、乳製品の市場開放問題にある。市場開放と選挙民の間で安倍政権は呻吟している。

第3部は日本にアベノミクスは本当に必要なのかという結論的な点である。

外国の特派員はみんなそう感じている。日本は失業もなく、生活の質も高く、犯罪も少なく、人々は洗練されいて、まるで外国人にはパラダイスにも見える。一番の問題は何か。人口減少だ。非正規雇用者の給料は正規よりも40%も低く、昇進も結婚も子供もあきらめている。日本は供給よりも需要なさの問題が大きい。企業利潤を給与所得者にもっと分け与えるべきである。そうすれば個人消費が復活するだろう。残業を減らし、休暇をもっと取り、生産性を上げなければない。

以上の通り講演内容の通りアベノミクスには相当、批判的なコメントです。しかし多くの方は講演後、「良かった」と言うコメントを下さっています。確かに8月中旬に発表の第2四半期のGDP落ち込み報道あたりから景気指標の悪化が多くなってきた。ルソー氏は自分は経済学者でもないので精緻な経済分析や中長期的な日本経済の成長論はとてもできないと言っています。
確かに同氏の意見は大部分、景気循環の局面にかかわることで中長期の成長論ではありません。アベノミクスの財政金融政策は、ケインズ政策と新古典派と構造改革重視の供給経済学を包含したものだと言われています。時間があればではどのような経済政策を選択すべきなのかをお聞きしたいものでした。確かに、供給でなく需要の不足と個人消費主導のための可処分所得の引き上げをと発言されています。議論はつきませんが、この続きを別の機会に持ちたいものです。重要なことは彼の報道、記事を毎日、フランスの読者が日本経済について読んでいると言うことです。