第17号
移民政策
移民国家カナダ
現代のカナダは、少子高齢化と人手不足の課題を抱えています。日本が直面する状況に似ていますが、カナダの人口は増加しており、その点が日本とは大きく異なります。つまり、人口が増加しているのは移民を受け入れているからです。従って、十分ではないものの、移民の増加が人手不足を補っていると言えるでしょう。カナダは年間数十万人の移民・難民を受け入れ、全人口(約4000万人)に移民が占める割合は20%を超えています。カナダの移民政策の光と影は、日本の将来を考える上でも参考になるのではないかと思います。
ヌーベルフランス時代のカナダの人口の中心はフランス人でした。そして、大英帝国がフランスに取って代わってからは、英国人が大勢入ってきました。従って、その当時のカナダの人口は主にフランス系と英国系で構成されていたといえるでしょう。その他、アイルランド人、スコットランド人始め、ヨーロッパからの移民が徐々に増えていったと思われます。
現在、英語を母語とするカナダ人は全体の約60%、フランス語系が約20%で、合わせると全体の80%を占めます。英仏以外の言語を母語とするアロフォン(先住民の言語を含む)が約20%いますが、趨勢としては、英仏は逓減し、アロフォンが伸びています。その結果、既にフランス語とアロフォンの順序が逆転しつつあります。アロフォンと一口に言っても、200以上の言語が含まれます。そのうち、圧倒的に多いのが中国語で、パンジャビ語、タガログ語、スペイン語、アラビア語が続きます。言語を話す国や地域で見ると、中国、インド、フィリピンのアジア系、スペイン語中心の中南米系、そしてアラビア語の中東系が移民の出身国・地域の多くを占めていることが分かります。これらの、いわゆる非白人系の人々を、カナダでは「ヴィジブル・マイノリティ(visible minority)」と呼びます。直訳すると、「一目瞭然の少数派」です。ヴィジブル・マイノリティの人口比は増え続けていて、今から10年後にはカナダ全人口の3分の1以上になり、トロントやバンクーバーでは過半数に達するとの予想もあります。もはやマイノリティではなく、むしろマジョリティになっていく勢いです。その頃、ヴィジブル・マイノリティは何と呼ばれているのでしょう。
カナダの移民政策
カナダ連邦政府のサイトには、移民政策について次のように説明されています。
- 連邦政府は、移民の恩恵を国全体に分配するための移民計画を策定し、経済的資源、人道的ニーズ、家族の再統合のために移民を選別する。
- 毎年、カテゴリー毎に移民受け入れの目標を設定している。目標設定の前に、一般市民、州と準州、及び移民のカナダ定住を支援する企業や団体からコメントを得る機会を設けている。
- カナダ全体では、2024年に48.5万人、2025年に50万人の永住者を受け入れる予定。2026年からは、住宅、医療、インフラといった分野での課題とのバランスを取りながら、経済成長を支えるため、移民受け入れの上限を、人口の1.3%に相当する50万人で安定させる。
- 州や準州は、経済移民の数を増やしている。ケベック州政府は、連邦政府との合意に基づき、経済移民と難民の一部を選別する責任を負っている。
また、移民審査についての説明は次のとおりです。
- カナダ人の健康、安全・安心を確保するために、全ての潜在的な移民は、カナダへの渡航が認められる前に慎重に選別される。
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カナダに永住を申請する者は、以下を提出しなければならない。
- 警察証明書または犯罪歴チェック(重大な犯罪を犯していない)
- 写真と指紋(バイオメトリクス)
- カナダの安全保障にリスクをもたらしていない。
- 人権または国際的な権利を侵害していない。
- 健康状態が良好であること(健康診断証明)。
- 有効なパスポートを所持している。
更に、移民として成功するための準備として以下が書かれています。
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経済移民カテゴリーを通じて、カナダに定住し、カナダ経済に貢献できる熟練した移民を選考。そのための迅速な入国制度(Express Entry System)として、ポイントシステムが導入され、以下の全ての点の詳細が考慮される。それを基に、100点満点で採点がなされ、50点以上が合格ラインとなる。
- 学歴
- 公用語運用能力
- 職歴
- カナダでの雇用確保
- 年齢
- 適応能力
- 新規入国者が成功し、カナダの文化や社会に価値をもたらすことを可能にするために、以下の定住支援サービスのため予算を計上している。全国には500以上の定住支援団体が存在する。
- カナダでの生活と地域社会に関する学習
- 語学研修
- 職探し
- 既存の移民やカナダ人とのネットワーク形成
- ケベック州政府は、連邦政府との合意に基づき、移民に定住サービスを提供する責任を負っている。
住宅不足の問題
人口が増えると、当然ながらその分の住居が必要になります。カナダでは、住宅供給不足が問題化しています。移民と、人手不足と住宅不足が相互に関連し合って、矛盾の三角形が構成されています。つまり、人手不足を解消するために移民を増やすと、住宅不足が深刻化する、という連鎖です。ケベック州も、カナダ全土と同様にこうした三角形が指摘されるのですが、地元の有識者によれば、移民と住宅の問題がセットになって取り上げられるようになったのは最近のことだそうです。移民人口の増加だけが住宅難の原因ではないようです。時代の変化と共に、家族構成や、都市部と地方での生活スタイルの違いなど、住宅市場が変化しているにもかかわらず、適切な住宅供給がなされていないことが、そもそもの問題である、というのがその人の指摘でした。そうしたことを棚に上げて、「移民が住宅難の元凶である」かのような論調は、ある意味政治的に作り上げられたストーリーだと批判していました。
人口増と住宅難は、学生の間にも生じています。大学の近くに住むことが困難で、モントリオール島の外の物件を他の学生とシェアするなどして遠くから通学する留学生もいるようです。島の外に向かうバスの最終便が早いので、遅くまで学校に残って勉強したり、友人たちと夕食をゆっくり取ったりする余裕もなく帰宅しなければならないと聞いたことがあります。ケベック州政府は、海外からの留学生だけでなく、国籍を問わず(カナダ人も含め)ケベック州以外から来た学生の学費を値上げする政策を発表しました。これには当惑の声や、批判も出ています。ケベック州には有名大学が多数あり、学生にも人気です。しかし、学生が増えるほど住宅問題が深刻化し、学生の生活環境の悪化に繋がることは避けなければなりません。学費値上げはこうした問題へ対処するためにとった措置の1つと言われています。またモントリオール市は、学生会館の増設を行う方針を打ち出しています。
移民受入れに後ろ向きな時代もあった
フランス人の入植に始まり、今では移民国家として知られるカナダですが、常にそうだったわけではありません。第一次大戦後に、ヨーロッパでは大量に移民が発生しましたが、カナダは門戸を閉ざしていました。1930年代に迫害された多数のユダヤ人たちの受入れも限定的に認める程度でした。当時、カナダ国内では大恐慌による失業問題が深刻化し、移民排斥運動が起こっていました。戦後に国連で「難民の地位に関する条約」が採択されましたが、カナダ政府は署名を一旦見送ります。1969年にようやく条約に署名しますが、実際に受入れを開始したのは更に何年も後のことでした。
経済成長が進むと、カナダは門戸を開き始めました。また、冷戦進行中に、ソ連の侵攻などで西側に難民として流れる旧東欧諸国の人々について、人道的見地から移民を認めるようになりました。それから半世紀以上たって、現在の移民国家としての地位が確立されました。
2024年4月、モントリオール市内で、着物のファッションショーが開催されました。日本文化は大人気なので会場は満員でした。かわいいお子さんによる七五三に始まり、伝統的な装いから、洋風のテイストを取り入れたモダンなものまで、創意工夫に溢れた素晴らしショーでした。着物のワークショップや、着物と小物の販売も行われ、大盛況でした。素晴らしい演技でランウェイを歩いたのはプロのモデルさんではなく、主催者のお知り合いなどの素人さんたちでした。老若男女、肌の色や宗教も異なるモデルさんたちで構成され、多様性が確保されたカナダらしいショーでした。
トム・クランシーの小説をテレビ・シリーズ化した「ジャックライアン」という番組があります。その中で、ジャックの同僚の黒人アメリカ兵が敵の組織に潜入中、敵に見つかり、怪しまれながら詰問されるのですが、なんとかして嘘で逃れようとします。まず国籍を聞かれ、咄嗟に「カナダ人」と答えます。次に名前を聞かれると、「Timothy…」と取りあえずつぶやき時間を稼ぎます。「ティモシーの次は何だ?」と聞かれると、一拍おいて「Horton」と答えます。緊張感が最高潮に達した瞬間のこの会話、きっとカナダ人だったらクスッと笑うところなのでしょう。カナダ国籍を偽る黒人兵が名乗ったが、カナダ全国にあるコーヒーチェーンの名前だったからです。結局、この嘘はバレて気まずいことになるのですが。コーヒーチェーンの名前は「Tim Hortons」です。元々は創業者の名前(Tim Horton)を取って、「Tim Horton’s」という店名だったのですが、フランス語を唯一の公用語とするケベック州では英語の表記が認められなかったため、ケベック州内だけではなく、全カナダの店名について、アポストロフィーを落として複数形のような形の「Tim Hortons」と変更したのでした。
(了)