第14号
モントリオール(ケベック)の冬
モントリオールの冬は寒い。摂氏マイナス10度以下なんて当たり前で、寒い時にはマイナス20度、更にマイナス30度にまで下がることがあります。以前はマイナス35度だったそうなので、これでも温暖化の影響はあるのでしょう。私が着任した翌日に職場で開催していただいた歓迎会の帰り道、自分の家がどこかさっぱり分からない中、皆が「徒歩圏だ」というので、極寒で真っ暗な夜道をスノーブーツで雪を踏みしめながらひたすら歩きました。同じ方角に帰る同僚が導いてくれなければ、本当に遭難したかもしれません。モントリオールの冬の洗礼を早速受けた気がしました。
初対面の挨拶で、「貴方は何回ここで冬を越しましたか?」と聞かれることがあります。モントリオールらしい言い回しだな、と思いました。
カナダは世界第2位の国土を有する広大な国です。人口密度は、1平方キロメートルあたり約4人。ケベック州は、北極圏を含む寒冷地が多く、人口密度は1平方キロメートルあたり1人だとか。カナダの全人口(4000万人)の80%は、国土の南に接する米国との国境から約200kmの地帯に居住していると言われています。州の北方の北極圏には、主に先住民のイヌイットの人々が暮らしています。

雪のモントリオール市内

除雪された雪が山積みに
氷を叩いて渡る?
冬本番になると、川や湖が氷結し始めます。人々は、その上でスケートやホッケーなどをして遊んだり、丸く氷をくり抜いた中に釣り糸を垂らして釣りをしたり、スノーモービルを走らせたりして遊びます。氷が絶対に割れないと分かっていれば安心ですが、それはケースバイケースなので、注意が必要です。冬になると、地元のテレビや新聞で氷の状態に関する情報が掲載されます。
2024年初頭の地元紙には、「氷の厚みをしっかり測りましょう」と題して、以下のような注意事項が掲載されました。
氷の色と硬さ
- 青色で透明:最も硬い。
- 半透明白色:青色透明の半分程度の固さ(水分を含んだ雪が氷の表面で凍ることで形成される色)。
- 灰色:安全ではない(すぐ下に水がある)。
氷の厚み
- 15cm未満:乗ってはいけない。
- 15cm:1人で歩くまたはスケートをすることが可能。
- 20cm:グループでスケートまたはスポーツをすることが可能。
- 25cm:スノーモービルまたは小型車両の走行が可能。
- 30cm:重量車両や小型のトラックが走行可能。
万が一への備え
- 決して1人では行かない。
- 他の人に、行き先と帰宅時刻を伝えておく。
- 防寒着で身を包む。フローティングベストの準備。
- 防水バッグの中に、暖かい乾燥した予備の服を持参。
モントリオール美術館に、ケベックの風景画を多く手がけたカナダ人画家ウォーカー(Horatio Walker)作の「氷の切り出し」の絵が展示されています。金色の立派な額縁に囲まれたキャンバスには、厚さ40cmはあろうかと思われる青く透明な氷を切り出して馬で運搬しようとする情景が描かれています。上記の基準で言えば、青色で厚さ30cm超なので、重量車両でも走れるレベルです。

地元紙に掲載された氷の厚みに関する注意事項

ウォーカー作「氷の切り出し」(モントリオール美術館にて)
世界最大の地下街
モントリオールの冬は厳しいけれど、町の人々はいつもどおり外出し、仕事に勉学に勤しみ、ショッピングを楽しみ、レストランは満席。公共交通機関もマヒすることなく、通常運行。さすが、寒さに慣れた町と人々だな、と感心します。一夜にして積もった雪で覆われた車道と歩道は、未明から除雪車が動き出して、すぐに除雪されます。しかし、モントリオールが機能しているのは地上の世界だけではありません。
モントリオール市には、地下複数階に及ぶ巨大な「第二の都市」が存在しています。それが、「RESO(レゾー)」と呼ばれる地下街です。「RESO」とは、「le Réseau Souterrain (de Montréal)」の短縮形です。直訳すると、「モントリオール地下網」となります。この地下街は、通勤、通学、ショッピング、観劇、レストラン、地下鉄などへの地下からのアクセスを可能にしています。通路の全長は計32km。2000の店舗、レストラ
ン、多数の美術館や博物館、オフィスビル、複数のホテル、大学などに繋がっています。単に通路としてだけではなく、それ自体が大きなショッピングモールのようになっていて、地下街同士がトンネルのような連絡通路で繋がっています(繋がっていない地下街もあります)。方向音痴な私は、地下街の地理を覚えるまで迷路のような中でたびたび迷っていました。合計10以上の地下鉄の駅と繋がっているので、下手に乗換えをするよりは地下で横切った方が便利な時もあります。私の場合、自宅から徒歩2、3分で最寄りの地下鉄の駅に着くので、そこから地下に降りて、(地下鉄には乗らずに)RESOを歩いてオフィスまで徒歩通勤をしています。トンネルで繋がった2つのショッピングモールを渡り歩くと、オフィスが入った商業ビルの真下に辿り着きます。銀行口座の開設やスマートフォンの契約などの手続き、ドラッグストアでのちょっとした買い物も、オフィスから地下に降りるだけで済んでしまいます。ランチやカフェもあります。日本にも地下街はありますが、モントリオールのは巨大かつより複雑な構図になっていると思います。RESOには、モントリオール市内にある全店舗の12%が入っていると言われています。雪降る寒い日に、日本からの出張者をRESOへお連れしたとき、その人は、「モントリオールの人はどこにいったんだろうと思っていたら、こんな所(地下)にいたんだ」と驚き、納得していました。冬の寒さは尋常ではないので、外を歩くよりもRESOにいる方が断然過ごしやすいのです。モントリオールの人口は200万人足らずですが、RESOでは1日50万人(特に冬)、そして年間でのべ1億8300万人が利用すると言われています。冬だけでなく、夏の暑さも、悪天候も、信号や渋滞も気にせずに移動し、ショッピングや通勤ができる贅沢な、しかし不可欠なインフラです。
RESO建設計画は、当時のモントリオール市長のイニシアティブで、市内の地下鉄を近代化する取り組みの一環として始まりました。まず始めに1962年、日本総領事館が入っている高層オフィスビル「プラース・ヴィル・マリ(Place Ville Marie)」の地下にオフィスとショッピングセンターが作られました。これがモントリオール中央駅と地下で繋がれました。その後、中央駅とその隣に位置するフェアモントホテル「クイーン・エリザベス」も地下で繋がれました。その結果、プラース・ヴィル・マリとその地下街が、中央駅とフェアモントホテルと地下で繋がったことになります。このようにして、RESOは、様々な施設を地下通路で繋ぎながら拡大し、第二の都市に発展していったのです。クリニックやフィットネスも入っていて、まさに人々の生活圏が形成されています。RESOへの地上からの入口には、青地に白で「RESO」と書かれた看板があり、通りから見つけやすくなっています。RESOの「O」と下矢印「↓」が組み合わさって、そこから地下に降りることができるということが分かるデザインです。このアクセスポイントは市内に200ほどあるそうです。

市内の通りからの「RESO」への入口 モントリオール中心街のRESOの地図(線で囲ったところ)
グランドホッグ・デー
「Groundhog Day(邦題:恋はデジャブ)」という映画をご存じですか。主演のビル・マーレイが出張で行った米国ペンシルバニア州のある町で1日過ごし、翌朝目が覚めると前日に戻っていて、同じことが何度も繰り返される、という不思議な現象に遭遇します。この町で繰り返される日は、「グランドホッグ・デー」と呼ばれる、春の到来を占うお祭りの日でした。グランドホッグ・デーは毎年2月2日で、この日は、日本で言う立春、つまり冬と春の境目(つまり節分)にあたります。
グランドホッグとは、齧歯類(げっしるい)のジリスの一種の哺乳動物で、ウッドチャックとも呼ばれます。仏語圏のケベック州ではマルモット(marmotte)と呼ばれています。北米に生息するグランドホッグは、10月から翌年の3月くらいまで冬眠すると言われていて、冬眠中の体温は華氏35度(摂氏2度)まで下がり、心拍数は毎分4~10回、呼吸数は6分に1回になるそうです。また、眠りから覚める2月頃には冬眠前の体重の半分にまでやせてしまうそうです。グランドホッグ・デーでは、グランドホッグの影が見えるかどうか、を確認します。太陽が出ていれば当然影ができるので、結局はその日の天気次第なのかもしれません。(曇天で)影が見えなければ、春はもうそこまで来ている、逆に(晴天で)影が見えると、春の訪れは更に6週間遅れる、という「お告げ」になるのです。
なぜ影が見えると春が遅れるのか?
冬眠から覚めて地上に出てきたグランドホッグが自分の影に驚いて巣穴に隠れてしまうからだ、と言われています。何ともほのぼのとしたお祭りですが、この伝統が北米各地で続いているのは興味深いです。
私がモントリオールに着任して3週間程が経過した2023年2月2日、朝のニュースで誰かの死が報じられていました。大勢の人が集まって、その死を悼みつつも、笑顔も見られました。一体どんな有名人が亡くなったのか、と不思議でした。新聞でも「Fred est mort(フレッド死す)」との見出しで大々的に報じられていました。フレッドとは誰なのか?
答えは、マルモット。つまりお祭りの主役であるグランドホッグでした。この日、春の到来を占うために、例年どおりフレッドに登場願おうと、大勢の地元民や報道関係者が集まる中、冬眠用の巣穴を覗いたら既に死んでいたのだそうです。祭りの責任者からは、フレッドのこれまでの貢献を讃えつつ、「これからは、天国で好きなだけお眠り下さい」とのメッセージが添えられました。享年9歳。(半野生の)グランドホッグとしては大往生だったようです。
フレッドの死から1年後の2024年2月2日、私は、北米各地で行われたグランドホッグ・デーの報道を片っ端から見ていきました。この年のお告げは、全北米で「春の到来は早い(影が見えなかった)」という結果で一致しました。
グランドホッグだけではありません。ロブスター漁で有名なノバスコシア州のとある漁村では、体重6ポンド(約2.7kg)で25歳のルーシーと呼ばれるロブスターが登場し、春の到来を占っていました。住民代表が確認したところ、影が見られたため、冬はあと6週間続くと発表されました。同州のグランドホッグのお告げとは真逆の結果でした。観衆からはブーイングもありましたが、一部から「ヤッター、ロブスターの猟期がまだ続くぞ!」と喜ぶ声もありました。漁師にとっては稼ぎの機会が続くので良かったのかもしれませんが、ロブスターにとっては迷惑な結果かもしれません。因みに、2024年は異例の暖冬だったので、春の到来は早かったと言えると思います。
ところで、グランドホッグの予想はどの程度的中するのでしょうか?
過去10年分の統計を調べた人によると、正解率は30%だったようです。微妙ですが、重要なのは、自然を大切にしてお祭りを楽しもう、ということでしょうか。

グランドホッグ
「モントリオールには季節は2つしかない」という地元のジョークがあります。それは①「雪の季節」と「夏」ではなくて、②「工事」です。雪が降らない夏(暖かい季節)は、各地で工事が一気に行われます。町中の道路が閉鎖されて渋滞になったりします。冬が厳しいので、暖かい時期しかできない工事ももちろんありますので、仕方が無いですね。1年の半分が冬なので、事実上、1年分を半年かそれ未満の限られた期間で片付けなければならないのです。
なお、別バージョンで、「季節は4つある」と言う人もいます。①「まだ雪は降らない」、②「雪」、③「まだ冬」、そして最後は(夏ではなく、やはり)④「工事」です。おあとがよろしいようで。

工事はモントリオールの夏の風物詩?!